主われを愛すと歌ふ新樹かな
利普苑るな
一度だけ作者にお会いしたことがある。
その少し前にFacebookへの投稿を始めて友達になり、お互いの投稿に毎日コメントし合う仲になった。京都に行く用事があり、そのことを投稿したら、そこに書きこまれたコメントで彼女が大阪在住と判り、急遽会うことに。
駅の中にある店で共通の友人の句に登場するオムライスを食べた。
それからしばらくしてるなさんは天国へ。
知り合った頃、すでに彼女は末期癌だったのだ。
利普苑るな句集「舵」のあとがきにこんな文章がある。
「そして俳句とは、自分の周りの「世界」を「良いもの」であると感じるための格好のツールである。誰かの頭上だけがどれほど土砂降りであろうとも、私の尊敬するフランクルの言葉のように、「それでも世界は美しい」ということを、俳句は容易に思い起こさせてくれるから。そのように、生来コトバというものが好きであったらしい私にとって、長年、俳句は心の杖であり、世界との臍の緒でいてくれた。」
主われを愛すと歌ふ新樹かな
蛇苺この世のはじめ静かなる
引算の答さみしや蟻の列
是非もなく長女なりけり梅を干す
砂日傘爪先みんな海を向き
円錐に頂点ひとつ油蝉
投売の女の古着西鶴忌
故郷に過ぎし十代檸檬切る
柿喰ふや生きるとは音立てること
太箸や子に継がれたる長き指
手が届きそうで届きそうにないような、ほんの少し遠くへ呼びかけるような句達。生きてゆく上でつきまとう寂しさを抱えながら、失いそうなものへの愛しさ、この世界への懐かしさが描かれているように思う。
かなしみをかなしみとして受け入れながら、それでもこの世界を肯定する、私はそんなるなさんの航海の行方を見守りたいと思っていたが、別れはそれから間もなくやってきた。
5月27日。
あれから8年が経つ。
(杉山久子)
【執筆者プロフィール】
杉山久子(すぎやま・ひさこ)
平成元年より作句。第2回芝不器男俳句新人賞受賞。句集『栞』他4冊。紀行文集『行かねばなるまい』。早くから才能を発揮し、芝不器男俳句新人賞、山口県芸術文化振興奨励賞に続き、前作『泉』では第1回姨捨俳句大賞を受賞した著者。宇宙の中の一存在として詠み、しなやかで独創的な感性が煌めく注目の第四句集。
◆帯より
冬星につなぎとめたき小舟あり
過ぎてゆく日常に栞をはさむように句を作っているのかもしれないと、少し前から感じるようになった。
言葉にならないけれど言葉を取り巻くもの、言葉と言葉のあわいにあるものの輝きも、ともに受け取り、味わってゆきたい。(杉山久子)1997年7月~1999年4月、
月刊俳句新聞『子規新報』に連載された
「お遍路は風まかせ」が書籍化!
(まだまだ在庫あります!!)興味本位からスタートした
ドタバタ四国遍路紀行……180ページの本書の下端両角には
表紙画も担当した流水彩子のパラパラ漫画付き。
装丁は律川エレキ。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2024年5月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔1〕今年の蠅叩去年の蠅叩 山口昭男
>>〔2〕本の背は金の文字押し胡麻の花 田中裕明
【2024年5月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔5〕たくさんのお尻の並ぶ汐干かな 杉原祐之
>>〔6〕捩花の誤解ねぢれて空は青 細谷喨々
【2024年5月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔4〕一つづつ包むパイ皮春惜しむ 代田青鳥
>>〔5〕しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る 富安風生
【2024年4月の火曜日☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ 川端茅舎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る 三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ 三宅清三郎
>>〔122〕春惜しみつゝ蝶々におくれゆく 三宅清三郎
>>〔123〕わが家の見えて日ねもす蝶の野良 佐藤念腹
【2024年4月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
>>〔2〕白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉
>>〔3〕無駄足も無駄骨もある苗木市 仲寒蟬
>>〔4〕飛んでゐる蝶にいつより蜂の影 中西夕紀
【2024年4月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔1〕なにがなし善きこと言はな復活祭 野澤節子
>>〔2〕春菊や料理教室みな男 仲谷あきら
>>〔3〕春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子
【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎
【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する 三橋鷹女
>>〔7〕金色の種まき赤児がささやくよ 寺田京子
【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子
【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二
>>〔12〕トラックに早春を積み引越しす 柊月子
>>〔13〕故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎
【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子
>>〔2〕虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣
>>〔3〕人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子
>>〔4〕とぼしくて大きくて野の春ともし 鷲谷七菜子
【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟
>>〔3〕時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎
>>〔4〕屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ 大熊光汰
>>〔5〕誰も口にせぬ流氷の向かうの地 塩崎帆高
【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔5〕初夢のあとアボカドの種まんまる 神野紗希
>>〔6〕許したい許したい真っ青な毛糸 神野紗希
>>〔7〕海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美
>>〔8〕最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら
>>〔9〕くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子
【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
>>〔6〕冬蟹に尿ればどつと裏返る 只野柯舟
>>〔7〕わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪
>>〔8〕室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】