虹の空たちまち雪となりにけり
山本駄々子
台風が去って、とうとう東京にも本当に秋が来ると思っていたら大間違いで、数日残暑であります。
実は何も今年に限ったことではなくて、去年であったか、「十月ぞ?(十月ですよ、まじで。くらいの意味)」という、伊予弁と俳誌『澤』調が私の中で混ざって出来上がった(とひそかに悦に入っていた)独り言を、在宅中に気温が上がってくるたびに言うのが(もちろん私だけで)流行っていたのを思えば、去年の十月も残暑だったのだろう。
28度えー、と思えば、昼食の頃には29度、プール入れるじゃんなどと言いながら(泳ぐのは特に好きではない)、簡単に昼食の支度をして、「あっついね」などと職場のチャットに流して昼食をとる。
昼過ぎのニュースでは、全国の話題が流れていて、富士山に引き続き北海道の旭岳でも初冠雪という。日本は東西にも南北にも長くて、しかも山も低地もあるんだなあ。
虹の空たちまち雪となりにけり
先週末の台風通過にも、住宅街の間を流れる近所の川のライブ映像を確認して、水位を見たりする暮らしからすると、冠雪は気候の違いはもちろんのこと、高さも広さも違う尺度の話。この句には、それに加えて気候の変化のあまりのダイナミックさがあって驚かされる。
虹は夏の季題でもあるけれど、雪ほどに出現の時期を限定されない。であれば、これは雪の時期の虹なのだろう。冬の虹が出ている空に、雪が降り始める。もちろんそうなのだけれど、「虹の空」という表し方のためだろうか、この虹には多少の雪以前の季節という印象が含まれていて、明るくまだ穏やかな空に、突然冬が訪れたような錯覚をもたらす。短かった春夏秋の終わりといったような感じ。もちろん本当のところはわからない。きっと、わたしが作者の山本駄々子の経歴からそう感じるだけなんだろう。
山本駄々子は明治三十二年札幌の生れ。北大の水産専門部を出たのち、教師として旭川・岩内・北見紋別・余市、水産学校教諭として厚岸、そののち新潟県能生、富山県、三重県の水産高校を転任した。高濱虚子・年尾・星野立子・松本たかしなどに師事したホトトギス同人のひとりだ。
句文集『俳句散歩 アイヌと海女とほたるいか』は、駄々子が渡った地ごとに、エッセイと句に拠ってつづられている。掲句は北海道時代の最後にある「北海道風景」十二句のうちの句だ。
一年間、ハイクノミカタの火曜日を担当された鈴木牛後さんが交代された。先日、管理人・堀切克洋との対談で、牛後さんご自身は、ほかの曜日のものはあまり読んでなくてって話をされていたけれど、私の方は勝手に選ぶ句も動物結構出てくるなあなんて思っていたわけなのだけれど、それでいながら、〈東京の白き夜空や夏の果 清水右子〉の時の鑑賞がなんとなく印象的で、今回この句になった。
牛後さん、一年間、ありがとうございました。わたしは居残りますが、よろしければいつでもハナキンジャックにお越しください。
雪にしろ、残暑にしろ、雨にしろ、晴れにしろ、穏やかな週末になりますように。
『俳句散歩 アイヌと海女とほたるいか』(1960年)
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】