ハイクノミカタ

ゆく船に乗る金魚鉢その金魚 島田牙城【季語=金魚(夏)】


ゆく船に乗る金魚鉢その金魚

島田牙城


金魚といえば、日本の夏の風物詩。金魚鉢の中をひらひらと泳ぐ金魚は見ていて飽きない。

掲句には、なんとも不思議な心地よさがある。これは何だろう。

掲句の光景を思い浮かべてみよう。海だろうか川だろうか、そこを船が進んでいる。掲句に流れる韻律の穏やかさが、この船はゆっくりと進んでいると思わせる。おそらく船に乗っているのは人で、「その人」が金魚のいる金魚鉢を持っているのだろう。しかし句中に登場するのは、〈船〉〈金魚鉢〉〈金魚〉のみ。さりげなく巧みな、この「その人」の省略が、「金魚のいる金魚鉢がみずから船に乗る」という、ほんの少し日常からずれた空間、一瞬の虚の空間に、読者の頭を連れていってくれる。

いったいどんないきさつでこの金魚入りの金魚鉢が船に乗って移動しているのかを想像するのも楽しいが、船から金魚鉢、そしてその中の金魚に視点が絞られてゆく経過も楽しい。

更には、川を進む船が揺れると金魚鉢の水も揺れ、その中の金魚も揺れる、この重なりゆくたゆたいが面白いのだ。時に船が大きく揺れて、持つ人がバランスを崩し、金魚鉢から水が、金魚が、飛び出してしまうかもしれない、という小さなスリルも孕みつつ。

そうだ、気づいた。「水」と一言も句の中で言うことなく、掲句は、この重なる「水」の動きの体感を読者に伝えているのだ。すると、省略されていた「その人」というのが、読者である自分であり、今度は頭だけでなく、体ごとそのまま掲句の中にすっかり入り込んでいることに気づくのだ。そうか、その快感か。

そんな掲句は何度読んでも飽きない、金魚を見ていて飽きないように。

夏の日差しを受けて、水面も船も金魚鉢の水も金魚も、そして、このひと時も輝いている。

(『里』101号 2011年8月)

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔31〕武具飾る海をへだてて離れ住み    加藤耕子
>>〔30〕追ふ蝶と追はれる蝶と入れ替はる   岡田由季
>>〔29〕水の地球すこしはなれて春の月   正木ゆう子
>>〔28〕さまざまの事おもひ出す桜かな    松尾芭蕉
>>〔27〕春泥を帰りて猫の深眠り        藤嶋務
>>〔26〕にはとりのかたちに春の日のひかり  西原天気
>>〔25〕卒業の歌コピー機を掠めたる    宮本佳世乃
>>〔24〕クローバーや後髪割る風となり     不破博
>>〔23〕すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱   中村晋
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨
>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
>>〔12〕手袋を出て母の手となりにけり     仲寒蟬
>>〔11〕南天のはやくもつけし実のあまた   中川宋淵
>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
>>〔8〕火種棒まつ赤に焼けて感謝祭     陽美保子
>>〔7〕鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ  三島ゆかり
>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
>>〔5〕木の中に入れば木の陰秋惜しむ     大西朋
>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 菊食うて夜といふなめらかな川 飯田晴【季語=菊(秋)】
  2. 主よ人は木の髄を切る寒い朝 成田千空【季語=寒い(冬)】
  3. 南浦和のダリヤを仮のあはれとす 摂津幸彦【季語=ダリヤ(夏)】
  4. 数へ日の残り日二日のみとなる 右城暮石【季語=数へ日(冬)】
  5. 夕立や野に二筋の水柱 広江八重桜【季語=夕立(夏)】
  6. くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子【季語=くしゃみ(冬)…
  7. 他人とは自分のひとり残る雪 杉浦圭祐【季語=残る雪(春)】
  8. 初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を【季語=初夢(新年)】…

おすすめ記事

  1. 青嵐神木もまた育ちゆく 遠藤由樹子【季語=青嵐(夏)】
  2. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第12回】
  3. 【冬の季語】大晦日
  4. 針供養といふことをしてそと遊ぶ 後藤夜半【季語=針供養(春)】
  5. 雷をおそれぬ者はおろかなり 良寛【季語=雷(夏)】
  6. 「けふの難読俳句」【第7回】「半月」
  7. 【春の季語】鳥の恋
  8. 【銀漢亭スピンオフ企画】ホヤケン/田中泥炭【特別寄稿】
  9. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年12月分】
  10. 彫り了へし墓抱き起す猫柳 久保田哲子【季語=猫柳(春)】

Pickup記事

  1. してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二【季語=日傘(夏)】
  2. よし切りや水車はゆるく廻りをり 高浜虚子【季語=葭切(夏)】
  3. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年3月分】
  4. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第52回】 新宿と福永耕二
  5. ある年の子規忌の雨に虚子が立つ 岸本尚毅【季語=子規忌(秋)】
  6. 【夏の季語】蜘蛛
  7. 一瞬で耳かきを吸う掃除機を見てしまってからの長い夜 公木正
  8. 極月の空青々と追ふものなし 金田咲子【季語=極月(冬)】
  9. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【13】/久留島元(関西現代俳句協会青年部長)
  10. だんだんと暮色の味となるビール 松本てふこ【季語=ビール(夏)】
PAGE TOP