ハイクノミカタ

美しき緑走れり夏料理 星野立子【季語=夏料理(夏)】


美しき緑走れり夏料理

星野立子
(現代俳句協会編『昭和俳句作品年表』2014年)


星野立子の句を取り上げるのは二度目で、以前は立子らしくない(と思うんだけど)不思議な句を取り上げたが、こんどは代表句中の代表句である。きれいな緑が皿の左右に走っている、という景を想像するとき、まずは笹の葉あたりがよく似合う気がする。その上にのる料理としては、鮎の塩焼きなどは如何だろうか。あるいは、お刺身の盛り合わせなどもいいかもしれない。この私の読みでは、料理そのものというより、その引き立て役として緑が走っているのだけれども、では料理そのもので緑が走ると描写できるものとは、と考えると、案外にでてこないのではないか。着色した素麺や茶そばならそれっぽくはあるかもしれないが、「美しき」や「走れり」という描写に落とし込むのには、どこかそぐわない気がする。いずれにせよ、美味しそうなものを想像させる楽しい句だ。

しかしながら、『昭和俳句作品年表』によると、この句が詠まれたのは昭和19年のことなのである。まるでそんな気配がないのだが、もちろん太平洋戦争後半で食料事情はいたって悪く、配給制であったので、多くの人は上記のような素敵な食卓は望むべくもなかったころということになる。もしかすると虚子の弟子筋の誰かが贈ってきたものがあったかもしれないが、笹の上に塩焼きの鮎とかお刺身、というのはなかなか簡単ではなさそうだ。何かしらの配給の魚はあったようだから、そのようなものが笹の上に載っていたのかもしれない、という読みは一応できる。が、もっと現実味がありそうなのは、配給か自宅で栽培したキュウリあたりだろう。キュウリの緑は鮮やかできれいだし、細長いので切り方で走っている感じはでる。だが、言葉を選ばずに言ってしまえば、句の描写に比してそれはショボい。そこは虚実皮膜というやつかもしれないのだけれど、こうやって作句年の作家の状況を当て込むと、残念ながらこの句の魅力がかすんでしまうようである。私自身はなるべく実証的材料を調えて句を読んでいきたい方なのだけれど、この句のように、場合によってはそれがえらく無粋でつまらない行為になってしまうこともある。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】
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>>〔41〕のこるたなごころ白桃一つ置く   小川双々子
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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