山茶花の日々の落花を霜に掃く
瀧本水鳴
十月以降、週に一度ほど出るようになった会社の帰り、家でご飯を食べようと思って、もう、献立まで考えていたのに、家の最寄りの地下鉄の階段の風が強すぎて、もう帰宅できないだろうと思う。
帰れなければご飯も作れず(豚と春菊と葱のすき焼き風を作ろうとしていた)、朝の大雨からの疲れでわたしはもうへとへとで、書かなければいけないこの原稿さえ書けないかもしれないと儚んで、馴染みのお店を覗く、席空いてる!わーお。
山茶花の日々の落花を霜に掃く
私の住んでいる杉並区の花は山茶花。それにしても、なんで、山茶花のような、どうともいえない花をマスコットにするのだろうか。ちなみに都内で山茶花を区や市の花としているところには、江東区や清瀬市がある。なんだか波郷のにおいのする町たち。
杉並はそういうロマンチシズムとは遠い町だ。現世をたのしく、おかしく、たくましく、さまざまの無駄と引き換えに暮らす町。
作者・瀧本水鳴は明治二年岡山県生まれ。学生時代を東京に過ごしたのち、大正以降関西に職を得、居を構えた。句はそのいつのものかわからない。いつ、どこのものかわからない馬の骨感こそが、山茶花であろうとも思う。
山茶花の花期は比較的に永い。今日降る山茶花を受けとめる今日の霜があって、きっとあしたの山茶花を受ける明日の霜があるのだろう。その山茶花を掃く今日の箒があって、明日の箒がある。
毎日、赦せないことや、悔しいこと、憤りや恨みがあって、でも、おいしいものを食べたり、たのしい人に会ったり、いいお酒を飲んだり、面白いものが読める。
俳句をそんな風に読み解くことは…しなくていい。しなくていいけれど、しちゃうのが金曜なんだなあ。
みなさま、今週もよい金曜を、無駄な週末を、山茶花に愛を。そして、山茶花はちゃんと掃いてね。
※こんな時に思い出すのは、CHAGE and ASKA「No no darlin’」冒頭のにゃーにゃにゃにゃにゃーのところ。
(管理人ホリキリ氏と太田うさぎさんとラジオをやったことによって、妙なラジオ感に触発されております)
『ホトトギス同人句集』(1938年)
(阪西敦子)
【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影 浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも 京極杞陽
>>〔59〕一陣の温き風あり返り花 小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな 皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり 山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠 齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸 後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻 歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく 成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫 川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり 千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて 千原草之
>>〔42〕ビール買ふ紙幣をにぎりて人かぞへ 京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず 後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ 久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき 後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜 飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵 岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵 本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく 上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ 越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ 伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ 今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間 藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中 後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜 深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー 下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く 千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ 森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く 今井つる女
>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話 田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより 深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ 京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造 西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方 福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他 中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら 野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな 山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る 岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て 小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に 山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜 中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨 成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー 千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月 松藤夏山
【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】