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でで虫の繰り出す肉に遅れをとる 飯島晴子【季語=でで虫(夏)】


でで虫の繰り出す肉に遅れをとる

飯島晴子


飯島晴子はいつも吟行へ出かけて句を作っていたようだが、必ずしも見たままを記述するのではなく、必ず自分の髄を通した表現を見せてくれる。掲句の自句自解には「掲句のでで虫を長い間見ていた。すると突然、殻から肉を出し始めた。その迅いこと、私の予測は置いてきぼりをくらって、眼前には、出せるだけの肉を出しきって、それを誇らしく立てたでで虫がいた」とあるが、自解の内容と句のあいだには独特の飛躍がある。

たとえば「繰り出す」という複合動詞。かたつむりが身体を殻から出したくらいで「繰り出す」とは大げさなのだが、殻という無生物染みた物体からとつぜん出てくる生身の肉の、生命そのものを見た驚きがここに込められている。

そこから「後れをとる」ことになった作者。自らの生命力の翳りを少しは感じていたのかもしれない。かたつむりの身体の、光を帯びて充実した有り様に、ふっと後ずさりさせられるような感覚に陥ったのだ。

まあ、このように読んでしまうわけだが、読まれる前の一句のたたずまいのようなもの、それが飯島晴子の魅力だろう。

飯島晴子は2000年の6月6日に死去し、今日8日に密葬された。

「八頭」(1980年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔35〕干されたるシーツ帆となる五月晴    金子敦
>>〔34〕郭公や何処までゆかば人に逢はむ   臼田亜浪
>>〔33〕日が照つて厩出し前の草のいろ   鷲谷七菜子
>>〔32〕空のいろ水のいろ蝦夷延胡索     斎藤信義
>>〔31〕一臓器とも耕人の皺の首       谷口智行
>>〔30〕帰農記にうかと木の芽の黄を忘ず   細谷源二
>>〔29〕他人とは自分のひとり残る雪     杉浦圭祐
>>〔28〕木の根明く仔牛らに灯のひとつづつ  陽美保子
>>〔27〕彫り了へし墓抱き起す猫柳     久保田哲子
>>〔26〕雪解川暮らしの裏を流れけり     太田土男
>>〔25〕鉄橋を決意としたる雪解川      松山足羽
>>〔24〕つちふるや自動音声あかるくて  神楽坂リンダ
>>〔23〕取り除く土の山なす朧かな     駒木根淳子
>>〔22〕引越の最後に子猫仕舞ひけり      未来羽
>>〔21〕昼酒に喉焼く天皇誕生日       石川桂郎
>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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