ハイクノミカタ

木琴のきこゆる風も罌粟畠 岩田潔【季語=罌粟(夏)】


木琴シロホンのきこゆる風も罌粟畠

岩田潔


さいきん公道でマスクをはずしてもよくなった。一年ほど家の外でマスクをしていただけで、はずしたとたんこんなにも街の匂いがどぎつく感じられるのか!と驚きながらほっつき歩いている。ガソリンの臭さも、レストランの匂いも、潮の香りも、なにもかも新鮮だ。そして匂いが身体にしみこんでくるのが、前よりありありと感じられる。

音もまた、耳だけでなく、肌につく。身体全体を包まれながら聴く音楽は、ヘッドフォンで聴く音楽と質がちがう。わたしは楽器のチューニングの音を聞くのが好きなのだけれど、それは肌のマッサージ効果があるからだ。いきなり本番の音に入られると、知らない人にいきなり触られたみたいな、恐れに似た違和感が起こることもある。

木琴(シロホン)のきこゆる風も罌粟畠  岩田潔

岩田潔というのは新興俳句を懐疑し、モダンからドラマツルギーを差し引いた知的な俳句をつくる人だけれど、ときどき日常の無意識がそのまま描かれたかのような句がある。掲句は木琴の聴覚性、風の触覚性、罌粟の視覚性が同時に読者を包みこみ、どこかしら非日常的な、SF的奇想を感じさせるところがいい。木琴を「シロホン」と読ませることで、罌粟の花の赤い色とのちょうどいいコントラストをつくり、さらにあの柔らかな音によって頭の中が一種恍惚的・無時間的な白さに支配された感じも醸し出している。

◆参考リンク【俳苑叢刊を読む】 第14回岩田潔『東風の枝』水平線と、雲と、そのほか。
https://weekly-haiku.blogspot.com/2017/04/14.html

小津夜景


【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記


【小津夜景のバックナンバー】
>>〔38〕蟭螟の羽ばたきに空うごきけり    岡田一実
>>〔37〕1 名前:名無しさん@手と足をもいだ丸太にして返し  湊圭伍
>>〔36〕おやすみ
>>〔35〕夏潮のコバルト裂きて快速艇     牛田修嗣
>>〔34〕老人がフランス映画に消えてゆく    石部明
>>〔33〕足指に押さへ編む籠夏炉の辺     余村光世
>>〔32〕夕焼けに入っておいであたまから    妹尾凛
>>〔31〕おやすみ
>>〔30〕鳥を見るただそれだけの超曜日    川合大祐
>>〔29〕紀元前二〇二年の虞美人草      水津達大
>>〔28〕その朝も虹とハモンド・オルガンで   正岡豊
>>〔27〕退帆のディンギー跳ねぬ春の虹    根岸哲也
>>〔26〕タワーマンションのロック四重や鳥雲に 鶴見澄子
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>>〔24〕止まり木に鳥の一日ヒヤシンス   津川絵理子
>>〔23〕行く春や鳥啼き魚の目は泪        芭蕉
>>〔22〕春雷や刻来り去り遠ざかり      星野立子
>>〔21〕絵葉書の消印は流氷の町       大串 章

>>〔20〕菜の花や月は東に日は西に      与謝蕪村
>>〔19〕あかさたなはまやらわをん梅ひらく  西原天気
>>〔18〕さざなみのかがやけるとき鳥の恋   北川美美
>>〔17〕おやすみ
>>〔16〕開墾のはじめは豚とひとつ鍋     依田勉三
>>〔15〕コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
>>〔14〕おやすみ
>>〔13〕幾千代も散るは美し明日は三越    攝津幸彦
>>〔12〕t t t ふいにさざめく子らや秋     鴇田智哉
>>〔11〕またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
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>>〔5〕風へおんがくがことばがそして葬    夏木久
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>>〔3〕渚にて金澤のこと菊のこと      田中裕明
>>〔2〕ポメラニアンすごい不倫の話きく   長嶋 有
>>〔1〕迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー   中嶋憲武




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