香水や時折キッとなる婦人
京極杞陽
自分の香りを持っている女性に憧れる。自分に似合った香水を正しく使いこなしてこそ大人の女、とさえ思う。ヘアサロンで女性誌を読んだ後などは特に。それで、一年に一度くらい香水を買うのだけれど、思い立ったが吉日程度の志なものだから、毎回迷いに迷う。迷って手に入れた揚句に「これじゃなかった・・・」とがっくり項垂れるのがオチだ。大人の道は遠い。
馬齢の嘆きはともかく、京極杞陽のこの句。楽しいですね。
香水が夏の季語なのは、汗などによる体臭をカバーするために使われる機会が増えるからという。暑い季節のエチケットともいえるのだろうが、つけ方を間違えると周りの人が頭痛を起こすなどえらい迷惑を掛けることになる。加害経験あります。話が少し逸れるが、かつて見た「恋人たち」というフランス映画の中に、ディナーのために着替えたジャンヌ・モローが香水(瓶の姿からしてオーデコロンではなく、最高濃度のパルファムだと思う)をどばーっと腕から腋へなすりつけるシーンがあり度肝を抜かれた。フランスの男性を魅了するにはあれくらいの量が要るのだろうか。
翻って掲句の女性にとって香水は自分をアピールする道具ではなく、あくまで身だしなみの一環。彼女が時折何かに苛立つ。キッ!すると、体内にアドレナリンが分泌され、脈が早くなり、体温も僅かに上昇する。その結果、体から香水の香りが発せられる。仕組んだことでは勿論ないけれど、キッ。ほわーん。キッ。ほわーん。の図式はどこやらユーモラスだ。
ところで私はこの婦人を中年女性だと、長いこと思っていた。真面目で怒るとちょっと手が焼けるタイプの人。でも、婦人は成人女性を広く意味するのだし、若い女性と考えてもよさそうだ。若さゆえに世情に反発し易くキッとしてしまう。いずれにしても、京極杞陽は息まく女性を少しばかりの辟易とあたたかな好奇心で眺めている。甘い香かフレッシュな香かどちらか分からないけれど、ちょっと噎せたりもしながら。
この句の「キッ」といい、<汗の人ギューッと眼つぶりけり>の「ギューッ」といい、殆ど稚気と言っていいオノマトペを臆さずに用いることには全く驚くのだが、この無欲な表現が一句の景色を鮮やかに浮き出させているのもまた確か。
さて、キッどころかキーッ!となりがちな私の場合、キーッを抑えるのが大人への一里塚でありましょう。香水はそのあとだな・・・。
(『昭和俳句アルバム⑬京極杞陽の世界』梅里書房 1990年より)
(太田うさぎ)
【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
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