紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く
澤好摩
夜道を歩いていると蟋蟀や鉦叩の鳴声に混じり、ぢーーーという音が聞こえることがある。あれを「地虫鳴く」とか「蚯蚓鳴く」とか「螻蛄鳴く」と呼び、季語になっているとは俳句を始めて知った。そんなことを知っているのは、俳人か文芸に通じた人か東大王くらいだろう。「おや、蚯蚓鳴くだね」など呟くのは俳人同士なら通じるし、風流でもあろうが、普通の人が耳にしたら「何を言っているんですか、コノヒト」と薄気味わるげに敬遠されそうな気がする。
歳時記によると、蚯蚓は『和漢三才図絵』(1712年)に項目が立てられ、「晴レバ即夜鳴ク。其鳴クコト長吟ス。」と説明があるとのこと。江戸時代中期には既に秋の季題になっていたという、非常にオーセンティックな季語なのだ。歳時記の解説を更に読み進めると(基本季語だけあって山本健吉が熱を入れていて長いこと)、歌上手だが目を持たない蛇に、目玉を持った蚯蚓が歌を教わりに行ったところ、蛇に取引を持ち掛けられて声と目を交換した、そんな説話が諸国に残っている、と書かれている。こんな説話があるために、声の薬として蚯蚓を煎じて飲む者が今でもある、とか。さすがに令和の今はないだろうと思いながら、「みみず、薬」で検索したら、ありました、生薬が。有効成分のエキスを抽出した鎮痛薬で、歌が上手くなる効能は残念ながらないようだ。
季語についてはこのくらいにして、掲句の「紐の束を括るも紐」だ。身辺を見回すと確かに中途半端に余ったビニール紐やたこ糸、リボンはくるくると輪にした残りを中央で結わえる。幾つか纏めた紐の束をまた紐で括る。作者はそんな作業をしながら夜長を過ごしていたのかもしれない。ふと、紐を紐で括っていることに目を留めた。発見というほどでもない地味な気づきだが、それこそが俳句の得意とする領域でもある。紐の形状が蚯蚓のイメージを呼び寄せたというより、「蚯蚓鳴く」という情けないような切ないような妙味を背負った季語が選ばれたことで、虚と実が上手い具合に絡み合い、句の膨らみが出ているように思う。
すっかり忘れていたが、中学生のほんの一時期、友達から「ミミズ」と仇名を付けられた私なのであった。イジメではなく、笑うと目が一本の線になってミミズみたいだから、というう客観的?な理由だった。私もさしたる抵抗もなく呼ばれていたけれど、あるときその仇名を付けた友達に電話をしたらお母さんが出て、「キョーコー、ミミズちゃんから電話よー!」と言ったのには参ったなぁ。そのミミズが今やうさぎと化したのだけど、歌は昔っから下手。
(『返照』書肆麒麟 2020年より)
(太田うさぎ)
【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
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