片影にこぼれし塩の点々たり
大野林火
(『勤労俳句の鑑賞』1946年)
だいぶ前のことになったが、Webマガジン「週刊俳句」に不定期の連載で「近代俳句の周縁」という記事を書かせてもらっていたことがあった。近代俳句の、いまや歴史の中に埋もれてしまった様々な俳書を掘り下げる試みなのだけど、その中の一冊がこの『勤労俳句の鑑賞』。タイトルからしてなんじゃそれは、「勤労俳句」なんて初耳だが、となる本である。もし興味を持たれた方は、そちらの記事を読んで下さるとありがたい。
さて、同書は多くの俳人としては無名の人々の日常を詠んだ「勤労俳句」が掲載されているのだけれども、時々ふいに名のある俳人の句がでてくる。掲句はその中の一句。「農魂と工魂と」というタイトルのついた章で、四人いる編者の中で臼田亜浪の担当である。この「農魂」とか「工魂」とかいう言葉も初めて聞いた言葉で、なんだか無理矢理なまとめ方をされている気がするのだが、章題を抜きにしてこの句からそのような勤労の魂を読むことは可能だろうか? 袋が破れていたかなにかで、リヤカーで塩を運ぶ労働者のこぼした塩が、夏の影の黒の中に白く点々としてある、というくらいの景を描いたものとして映像を浮かべてみればそれなりに鮮やかな光の対比がなされてはいて、そこがこの句の眼目かと思われるのだけれど、そこに勤労感はかけらもないのではないか。まあ、勤労の痕跡、とは言えるかもしれないけれども。あるいはこんな風に、句の面白さと本の編集のコンセプトがどうにもずれてしまっているところに、マニアックな読みの楽しみを見いだせるのかもしれない。
(橋本直)
【橋本直のバックナンバー】
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。