カルーセル一曲分の夏日陰  鳥井雪【季語=夏日陰(夏)】


カルーセル一曲分の夏日陰

鳥井雪


以前この連載で、戦前のハワイの自由律〈コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで/古屋翠渓〉を紹介しつつ、異国の風土を俳句にするのがどれだけ難しいかといった話を書いた。海外詠はいつの時代も盛んではあるものの、その多くは場所が変わっても本人の立ち位置は変わることなく、言葉のリズムが異郷の風土と合っていない。

一方、いつでもどこでも目の前の風景とすぐ友達になってしまう人もいる。この手の性格は洋服みたいなジャンルではすこぶるわかりやすい(癖の強いアイテムを、あっと驚くコーディネートで着こなしてしまう人を想像してください)けれど、言葉の使い手にもまた、自分の世界ではないものを我執で撥ねつけてしまうことなく、すっと抱きしめ、飲み込んでしまえる人がいるのだ。

 カルーセル一曲分の夏日陰   鳥井雪

『傍点』創刊号の「ストリートビュー吟行/苫小牧編・カンヌ編」の一句。これはコロナ下の状況で、自宅にいながらGoogleストリートビューを使って試した吟行らしい。面白そうなのでわたしもストリートビューでカンヌを訪れてみたところ、はたして2階建てのカルーセル(メリーゴーラウンド)が、カンヌ映画祭会場近くの広場に存在し、その前には地中海が広がっていた。

さんさんと太陽のふりそそぐ夏の広場で、音楽とともに回るカルーセルは享楽的な分だけ深く儚い。「一曲分」という言葉の醸し出すシネマティックなお洒落さと、限りある時間が想起させる人生のあっけなさとの強烈なコントラストもいい。まるでカルーセルが空中楼園かなにかに思えてくるうえに、カンヌの香りにぴったり溶け込んでいる。

『傍点』には同人たちがこれまで行った数々の句会レポートも掲載されていて、どの句会のテーマもすごく個性的だ。わたしが気に入ったのは、作句においてしばしばNGとされる「子供が可愛い」という趣旨の句だけをこぞって投句しあうという「なんでこんなにかわいいのかよ句会」。ここでも鳥井雪さんの句がよかった。

 みどり児の目に水の膜初あかり   鳥井雪

 鳴る靴を洗えば春の泥の水   〃

小津夜景


【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記


【小津夜景のバックナンバー】
>>〔43〕ひと魂でゆく気散じや夏の原     葛飾北斎
>>〔42〕海底に足跡のあるいい天気   『誹風柳多留』
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>>〔40〕かけろふやくだけて物を思ふ猫      論派
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>>〔38〕蟭螟の羽ばたきに空うごきけり    岡田一実
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>>〔29〕紀元前二〇二年の虞美人草      水津達大
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>>〔26〕タワーマンションのロック四重や鳥雲に 鶴見澄子
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>>〔24〕止まり木に鳥の一日ヒヤシンス   津川絵理子
>>〔23〕行く春や鳥啼き魚の目は泪        芭蕉
>>〔22〕春雷や刻来り去り遠ざかり      星野立子
>>〔21〕絵葉書の消印は流氷の町       大串 章

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>>〔19〕あかさたなはまやらわをん梅ひらく  西原天気
>>〔18〕さざなみのかがやけるとき鳥の恋   北川美美
>>〔17〕おやすみ
>>〔16〕開墾のはじめは豚とひとつ鍋     依田勉三
>>〔15〕コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
>>〔14〕おやすみ
>>〔13〕幾千代も散るは美し明日は三越    攝津幸彦
>>〔12〕t t t ふいにさざめく子らや秋     鴇田智哉
>>〔11〕またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
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>>〔9〕凩の会場へ行く燕尾服        中田美子
>>〔8〕アカコアオコクロコ共通海鼠語圏   佐山哲郎
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