ハイクノミカタ

皹といふいたさうな言葉かな 富安風生【季語=皹(冬)】


皹といふいたさうな言葉かな)

富安風生

 オロナインH軟膏の効能・効果を見るのが好きだ。ニキビと吹出物を分けて書いているだけでも丁寧さを感じる。思春期のニキビにも大人の吹出物にも効くのでたとえ吹出物であっても「ニキビ」と思いながら塗るのは密かな楽しみだ。最近はその楽しみはご無沙汰だがそれはそれで喜ばしい。

 やけど(軽いもの)やキズは定番。ひび、しもやけ、あかぎれは冬の季語なのでテンションが上がる。ひらがなの表記が優しく、固まったものを柔らかくして治すぞ!という意思表示に思われる。はたけ、しらくもはいずれも肌の症状。しらくもは戦前よく見られたが今では稀なのだとか。そうだとしてもこの馴染みのない名前は載せつづけてほしい。製品イメージを変えてお客様が分からなくなってしまうことのないよう、発売以来パッケージデザインはほとんど変わっていないというのだから、効能・効果もきっと変えないでいてくれるだろう。

 オロナインH軟膏の「H」は主剤であるクロルヘキシジングルコン酸塩液の「ヘキシジン」に由来しているのだそうである。まったくもって聞いたことのない名前だが、何やら傷は治してくれそうな響きをもっている。

 皹といふいたさうな言葉かな

 「あかぎれ」という響きだけでもう痛い。「あ」で勢いよく切り込み、「かぎ」で切れ目が入り、「れ」でぺろっと開く。痛そうなこと書いてごめんなさい。しかも実際の現象はこんな単純なものではない。ともかくも、音がまず痛そうなのである。特に「かぎ」のあたり。あかぎれは寒さのために手足の皮膚が乾燥し、裂けて痛むこと。間違いなく痛い。

 字面まで痛そうだ。「あかぎれ」には実に様々な字があてられる。皹、皸、胼、胝、亀など。歳時記には「皸」で立項されているものが多い。「あかぎれ」とひらがなで書くとまた印象が違うし、「あかがり」ともいう。この中でも作者は「皹」という文字に痛そうな感じを抱いたのである。

 いたさうな「響き」でも「文字」でもなく「言葉」としたことで聴覚、視覚など複数の感覚をもって痛さを同時に表現している。

 「皸」を採用している書籍が多かったが本稿では句集の表記に従った。「皸」と「皹」は偏(へん)と旁(つくり)が入れ替わっても読みも意味も変わらない珍しい漢字。『新漢語林』をひくと「皹」の項に「皸」が同字として明記されている。逆も然り。

 皹は本当に痛い。何度も克服してきたがほとんどが食器用洗剤対策で解決してきた。その痛みも俳句になるのなら辛くない…?

『朴若葉』(1950年刊)所収

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
>>〔31〕初島へ大つごもりの水脈を引く   星野椿
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>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
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>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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