かき冰青白赤や混ぜれば黎
堀田季何
太極拳を始めてかれこれ25年になります。太極拳は「柔」の代表的武術といわれていますが、きちんと身につけるには「剛」も合わせて学ぶとよいらしく、ここ12年ほどは白鶴拳も学んでいるんです。それでつくづく思うんですよ、自分の適正とは必ずしも一致しない白鶴拳が、しかし太極拳について考えるのに非常に役立っているなって。
と、なんでこんな話を枕にするのかというと、下の句を読んだからです。
かき冰青白赤や混ぜれば黎 堀田季何
堀田季何『人類の午後』より。表からみると完全な写生句で、あいまいな心象に依存するところがありません。それでいて裏からみると、自由・平等・友愛の精神を象徴する「トリコロール」がぐしゃぐしゃになって出現した「黎」が見事です。「黎」には黒のほかに人民の意味があり、そこから個の自己保存と世界の安寧といった普遍的なテーマが思い起こされる仕掛けになっています。
堀田季何『人類の午後』は人類史を参照しつつ、フィクションの力を借りることで主に上述の普遍的テーマをとりあつかった、一冊単位で考え抜かれた句集でした。殊に一読して恐れ入ったのは知的なスタミナです。堀田という人は生来的には観念的な書き手であると思いますが、そういった自己の体質とけっして狎れ合わず、超越性に向かう契機を急がず、言葉との距離を冷静に保ちながら、句にとっての最適解を模索していくその粘り強さがすごかった。
「言葉との距離を冷静に保つ」などと書くと心情の次元の話と誤解されるかもしれませんが、むしろ句を相対化しうるのは別の定型に翻案してみるとか、いつもとは違う技巧で書いてみるとかいった、なんらかの言語的技術の運用です。掲句の場合は、これが「澤」調と呼ばれる方言で書かれているという点が、相対化の方法として機能していると私は思いました。つまり、思うに堀田にとって「澤」調とは母国語と同じ程度にあやつることのできる異国語であり、さらにいえば有季定型すらもそうであるーーあるいはひょっとすると失われた故郷かもしれないーーのです。おそらく。
以下、きままに数句(句集では全て正字)。
菓子鑄型底凸凹や聖樹の繪 堀田季何
噴水や生前生後死前死後
あつまりて緋目高や傷ひらく色
虹を吐き虹を飲みこむユフラテス
撃たれ吊され剝かれ剖かれ兎われ
惑星の夏カスピ海ヨーグルト
閉館日なれば圖書みな夏蝶に
(小津夜景)
【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
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