廃墟春日首なきイエス胴なき使徒
野見山朱鳥
突然ですがみなさま、「廃墟」についてどのような印象をお持ちでしょうか。
世の中には「廃墟が好き!」という方が少なからずいらっしゃいます。その証拠に、Amazonで「廃墟」を検索すると廃墟の写真集が複数件ヒットします。人造物が時に任せて朽ちてゆくさまに、在りし日の栄華を偲ぶ……。廃墟マニアの感性は松尾芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」に通じるものがあるようです。
その一方で「そんなものをわざわざ見に行く人間の気が知れん!」と思う方も当然いらっしゃいます。むしろこちらのほうがメジャーな反応かもしれません。廃墟=倒壊の恐れがあって危険、不法侵入、心霊スポット等のマイナスイメージはつきものです。
私はどちらかと言えば好きです。ただ、自らの足で廃墟へ乗り込む勇気はありません。専門家の方が撮影した廃墟の写真を見て「良いなあ」と感じる、その程度の「好き」です。
一口に廃墟と言ってもさまざまです。災害跡地や戦争跡地も廃墟、廃業したホテル・工場・住宅団地等も廃墟。前者であれば広島の「原爆ドーム」や和歌山の「友ヶ島」、後者であれば「端島(軍艦島)」等が有名でしょうか。軍艦島は死ぬまでに一度は肉眼で拝みたいと思っています。
さて、掲句の「廃墟春日首なきイエス胴なき使徒」ですが、これは素直に廃墟化した教会の光景と見るのが妥当でしょう。現代日本で廃教会を探し出すのはなかなか難しそうですね。廃寺・廃神社なら時折見かけますが。ちなみに欧米の廃墟マニアには人気があるようです、廃教会。
この句の舞台が欧米でなく日本であるならば、キリシタンの迫害によって荒らされ、破壊し尽くされた教会(キリシタン寺院)の跡だろうか……とも考えました。この句の季語は「春日」で春ですが、「踏み絵」も春の季語ですね。
ところで、朱鳥には他にも廃墟を詠んだ句があります。
廃墟浦上火の子の如く凧飛べり
廃墟浦上、すなわち長崎へ投下された原子爆弾により廃墟と化した「浦上天守堂」のこと。とくれば「廃墟春日首なきイエス胴なき使徒」も被爆した浦上天主堂の光景を詠んだものだろうと推測できます。イエスも使徒も原爆投下の衝撃によって無惨に砕け散り、爆風に攫われてしまった。そんな「兵どもが夢の跡」を、神は天からどうご覧になったのでしょう。
きな臭い世界情勢。暗いニュースの映像を見て「神も仏もいないのか?」と考えてしまうこともあります。UFOやサンタクロースのように、見たことはないけれどどこかにいてくださった方が「夢や希望があって良い」と、個人的にはそう思っています。
それではまた次週、お付き合いいただけますと幸いです。
(藤本智子)
【執筆者プロフィール】
藤本智子(ふじもと・ともこ)
1990(平成 2)年広島県生まれ。「南風」会員。
第9回龍谷大学青春俳句大賞短大・大学生部門最優秀賞。
第7回・第9回石田波郷新人賞奨励賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】
>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸 正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ 正岡子規
【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】
>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる 野見山朱鳥
【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】
>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが 髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた 福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり 兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな 畠山弘
【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】
>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養 石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず 有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛 松本たかし
【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】
>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は 中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催 潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ 田口武
【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな 蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる 岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希
【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】
>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事 岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ 中町とおと
【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】
>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う 大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」 林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より 藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手 木下夕爾
【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】
>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し 芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ 芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉 芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音 芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【後編】
【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】
>>〔1〕秋灯机の上の幾山河 吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる 加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す 寺田京子
【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】
>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊 杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ 後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す 仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒 山口青邨
【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】
>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり 夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな 永田耕衣
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】