年玉受く何も握れぬ手でありしが
髙柳克弘
(『俳壇』2022年1月号)
雑誌の目次で7句タイトル「握れぬ手」を見て浮き浮きしつつ頁を開いたらどっこい掲句である。
「何も握れぬ」の厳しさに愕然とすること幾秒。かつておまえは誰かの助けなくしては今日を生き延びることさえ出来ない存在だったのだという深い響きが聞こえる。
つまり幼い子供に向けて、無力という圧倒的な掟を突きつけ、突き放している。同じコンセプトが「をさな子の怒りに初笑起こる」からも感じられた。怒りを怒りとして受け取ることすらしないむごさと、怒りをすら伝えられない無力。
掲句が歳時記に載り、「年玉」をめぐる概念配置が不可逆的なまでに一変することを望む。
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このような突き放した視線も、「それこそが最も深い愛情だよね」とでもいうような発想に絡め取られることで、都合よく落着しそうな感じがする。それではうんざりなので、目先を言葉そのものの方へ向け変えるならば、「世界と接触を保つための、接触点そのものである手」「自分と世界とに共属する結節点としての手」を提示した点に、この句の突端があるのではないかと思われる。赤子は何でも握ろうとするとよく聞くが(また何でも口に入れてしまうとも)、その前に握ることすら出来ない時代がある、しかも結構長い、ということが、掲句を読んでよく分かった。
季語「年玉」の「俗」な風味すら完璧なまでに濾過してしまう作家性。私的には、句集を読む気になれない時期が2年程度あり、その後で開いてみたのが髙柳句集『寒林』だった。そこに「やすらけきすあしのねむり山桜」という句を発見して(有名句なのかもしれないが)、くらくらするくらい心を動かされたことを書き留めたい。10代後半の時期に憧れた数人の作家への自分の思い入れが変わらずに残っているのを見出して、ほっとしたやら、怖くなったやら。
(永山智郎)
【執筆者プロフィール】
永山智郎(ながやま・ともろう)
1997年、富山県高岡市生まれ。さいたま市に育つ。2009年、作句開始。2014年、第6回石田波郷新人賞準賞。「銀化」「群青」所属。共著に『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】
>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが 髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた 福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり 兒玉鈴音
【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】
>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養 石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず 有馬朗人
【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】
>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は 中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催 潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ 田口武
【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな 蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる 岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希
【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】
>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事 岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ 中町とおと
【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】
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>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」 林翔
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>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手 木下夕爾
【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】
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>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【後編】
【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】