ハイクノミカタ

夕立や野に二筋の水柱 広江八重桜【季語=夕立(夏)】


夕立や野に二筋の水柱

広江八重桜
(「現代日本文学全集91現代俳句集」)


師系ということで見ると、広江八重桜は子規、碧梧桐ということになる。明治12年島根県の素封家に生まれ、昭和20年没。生涯を島根で過ごした。既に子規選の頃の「ホトトギス」に多く登場し、多作の作家として知られた(子規は玉石混淆のそれを手放しで褒めてはいない)。本人にとっては地方で一人ではどうしていいやらわからんのでとにかく作って東京に送って反応を見るしかない、という感じだったか。子規没後は碧梧桐の新傾向運動に賛同し中心作家の一人となった。『続春夏秋冬』では、碧梧桐を抜いてもっとも多く入集している。その後『層雲』『海紅』の選者もつとめたが、自由律俳句には賛同せず離反。その後中塚響也らとともに活動を再開する昭和十年までながく句作を絶ち、生涯句集をまとめることもなく終わった。八重桜には雑誌や選集に載るものだけでもかなり多く句が残されてあるはずだが、同じ『ホトトギス』の出でも碧梧桐門であったこと、自由律系の俳誌の選者を務めたことがあるが、本人は自由律の作家ではなかったこと、ずっと島根にいたことなどから、この俳人の業績をまとめる人があまり出ず、顕彰は今に至るまで遅れている。

掲句の「水柱」は、本来は地から宙へ水が柱のように吹き上げることを言うが、ここは夕立が天地を結ぶ柱のように雲からまっすぐ落ちているのが見える様をあらわした比喩と解する。いわゆるパノラマ的な視点で、雲から野に夕立が二か所落ちているのが見える遠景をとらえたものだろう。今なら、ゲリラ豪雨と言われてしまうような雨であっただろうか。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】
>>〔33〕雲の上に綾蝶舞い雷鳴す      石牟礼道子
>>〔32〕尺蠖の己れの宙を疑はず       飯島晴子
>>〔31〕生前の長湯の母を待つ暮春      三橋敏雄
>>〔30〕産みたての卵や一つ大新緑      橋本夢道
>>〔29〕非常口に緑の男いつも逃げ     田川飛旅子
>>〔28〕おにはにはにはにはとりがゐるはるは  大畑等
>>〔27〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ   波多野爽波
>>〔26〕花の影寝まじ未来が恐しき      小林一茶
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>>〔19〕オリヲンの真下春立つ雪の宿     前田普羅
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>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く     西東三鬼
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>>〔8〕山茶花の弁流れ来る坂路かな     横光利一
>>〔7〕さて、どちらへ行かう風がふく     山頭火
>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ     中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し   塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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