ハイクノミカタ

秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐【季語=秋の風(秋)】


秋の風互に人を怖れけり

永田青嵐(ながた・せいらんまさとし))


九月になった途端にとうとう気温が下がってきてしまいました。あんまり賛同を得られないのだけれど、暑いのが好きなのでこれはかなり残念。ただでさえ、体調を崩しやすい季節の変わり目に追い打ちをかけるように、がっかりした気分によって免疫が下がらないように、好きなものを食べて(食欲の秋)、好きなことをして(読書の秋)、仕方ない、適度に運動もしよう(スポーツの秋)、っていうことかと思っていました。みんな自己防衛のためでなく、喜びのためにそんなことしてただなんて、秋・大歓迎な人がこんなにいるなんて本当に驚いたし、なぜか秋が好きな人たちは、自分が体制側のようにふるまうから本当に不思議と思っているうちに、九月最初の金曜ですよ。

この原稿を書いている九月一日は関東大震災の起こった日、今から98年前のこと。永田青嵐は当時の東京市長だった人。東京市長とは今の東京都知事にあたる役で、ということは同門にユリコがいたら…という想像による比較は、この際あんまり意味がない気がするのでこのあたりにして…。

 秋の風互に人を怖れけり

「秋の風」「秋風」は、古くから秋を代表する事物のひとつ。本格的な秋の到来を告げ、私のようなあまり秋に賛意を持たないものにであっても、そのちょっと深い感じは伝わらないでもない。いや、その秋風の持つ風情こそ、秋のいけ好かないところのひとつでさえある。いえいえ、私は単に過ごしやすくなるのがほっとするだけで、もの思ったりしないよというそこのあなた、秋は夏と違ってそれぞれの人に応じたものを運んでくれるよというそこがすでに欺瞞だと思ったことはないのか。夏は誰にとっても同じだと言いたいのか。

ふたたびよくわからなくなってきたので、句に話を戻す。「震災五句」と前書きのある内の三句目。「互に人を怖れけり」はさまざまのデマに基づいた虐殺のことを差すようでもありながら、もっと普遍的な、普段からひとびとが持つ不信感が災害の衝撃によって呼び覚まされていることとも見える。その印象をもたらすのに、季題「秋の風」が大きく働いていることがおわかりいただけると思う。

いつの時代も秋になれば吹いた秋風は、これまでも人の気持ちに触れて、揺さぶってきた。しかし、ここまではっきりとした「怖れ」が秋風とともに描かれることはそれほど多くない。毎年変わらず吹く秋風が、この年は、いつもと違ったものを呼び起こすことに、私たちはすこし驚かされるのだろう。

互いに怖れること、秋風が呼び起こすことを意外と感じること(あるいは、当然のように秋を喜ぶこと)は、自分と他人が、昨日と今日と明日が、同じだと安心したい心理だが、それは多く裏切られる。重層的な裏切りの構図が、このシンプルな句の中に繰り返し現れる。東京市長、意図してか、無意識か、なかなかどうして曲者である。

そういえば、秋風に驚くのは、先人も同じであった。今週もほっとした中に、裏切りのある週末でありますように。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


🍀 🍀 🍀 季語「秋の風」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女


>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 花の影寝まじ未来が恐しき 小林一茶【季語=花の影(春)】
  2. 美しき緑走れり夏料理 星野立子【季語=夏料理(夏)】
  3. けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子【季語=葛の花(秋)】
  4. 向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一【季語=飛蝗(秋)…
  5. 春や昔十五万石の城下哉 正岡子規【季語=春(春)】
  6. みじろがず白いマスクの中にいる 梶大輔【季語=マスク(冬)】
  7. 茅舎忌の猛暑ひきずり草田男忌 竹中宏【季語=草田男忌(夏)】
  8. 秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人【季語=秋草(秋)】…

おすすめ記事

  1. 「体育+俳句」【第2回】西山ゆりこ+ダンス
  2. 紙魚の跡たどりて紙魚に逢はんとす 後藤夜半【季語=紙魚(夏)】
  3. 凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男【季語=凌霄(夏)】
  4. ペスト黒死病コレラは虎列刺コロナは何と 宇多喜代子【季語=コレラ(夏)】
  5. 【書評】太田うさぎ『また明日』(左右社、2020年)
  6. 【春の季語】うらら
  7. 【秋の季語】鰯雲/鱗雲 鯖雲
  8. 暮るるほど湖みえてくる白露かな 根岸善雄【季語=白露(秋)】
  9. 【夏の季語】梅雨に入る
  10. 【春の季語】春雪

Pickup記事

  1. をぎはらにあした花咲きみな殺し 塚本邦雄【季語=荻(秋)】
  2. ラーメン舌に熱し僕がこんなところに 林田紀音夫
  3. 「けふの難読俳句」【第7回】「半月」
  4. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年6 月分】
  5. 秋櫻子の足あと【第7回】谷岡健彦
  6. 【夏の季語】サングラス
  7. 葉桜の夜へ手を出すための窓 加倉井秋を【季語=葉桜(夏)】
  8. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第60回】 貴船と波多野爽波
  9. 【春の季語】雛飾る
  10. 【秋の季語】虫籠/むしご
PAGE TOP