乾草は愚かに揺るる恋か狐か
中村苑子
先週が「草刈」だったので、今週は「乾草」(干草)を。
この乾草は、積み上げられたものだろう。今ではほぼ見られないが、干草作りが手作業だったころは、刈り取った牧草は、日中は広げて太陽に当てて乾かし、夜は雨や露によるダメージを避けるために積み上げておいたという。あるいは、すでにできあがって倉庫などに入れられた干草かもしれない。
夜、積み上げられた干草が揺れている。掲句の「恋」は媾曳だろう。昼間に会えない男女が干草の窪みの底で睦み合っているのだ。その行為自体は「愚か」ではないのだが、遠目に乾草の山がかさこそと揺れているのを見れば、どことなく可笑しくも見える。愚かという表現も悪意を込めたものではなく、見ている自分を含めて、そのような野卑ともいえる光景全体を形容したものなのであろう。
掲句はここまでの景でも十分成立するのだが、作者はあえて最後に狐をもってきた。干草が揺れているのは媾曳かもしれないが、もしかしたら狐かもしれないよ、というのだ。狐は単なる動物ではあるが、いろいろな伝説などがまつわりついているものでもあり、景全体を土俗的なイメージで包み込むような役割を果たしている。
このように句の内容は土俗的でありながら、「恋か狐か」という結句に見られるように、句の構成自体は現代的で洗練されたものだ。このギャップが掲句の大きな魅力となっているのではないか。
講談社「カラー図説・日本大歳時記」より引いた。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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