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小鳥来る薄き机をひからせて 飯島晴子【季語=小鳥来る(秋)】


小鳥来る薄き机をひからせて)

飯島晴子

 「薄き机」は机を横から見た把握であり、「机をひからせて」は、特に机が薄いのであれば、上あるいは斜め上から机の面を見た把握である。だから「薄き机をひからせて」にはなんとなく違和感がある。しかしながら、その違和感、妙に立体的で広々とした感じが、「小鳥来る」と組み合わさるとまた良い効果を発揮する。「小鳥来る」は、青空の下に生臭い空気が漂うような季語であり、大空間を渡ってくるという要素と、小さなものへの慈しみという要素とが宿る。「小鳥来る」という季語の本意を構成するこれら二つの要素(もちろん、これらだけで「小鳥来る」の本意が完成するとは思わないが)と、「薄き机」「机をひからせて」の二つの把握との間に生まれる四つの組み合わせが、同時に提示されることにより、読者はそれらを同時に思い浮かべることを迫られる。さらに、小鳥と机がおそらくは同じ空間にあるわけではない一方で、小鳥が渡ってくるときに艶のある机に映りこむようにも思えるというところまで考えると、実は非常に読み応えのある句だということがわかる。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔31〕鹿の映れるまひるまのわが自転車旅行 飯島晴子
>>〔30〕鹿や鶏の切紙下げる思案かな 飯島晴子
>>〔29〕秋山に箸光らして人を追ふ 飯島晴子
>>〔28〕ここは敢て追はざる野菊皓かりき 飯島晴子
>>〔27〕なにはともあれの末枯眺めをり 飯島晴子
>>〔26〕肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子
>>〔25〕けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子
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>>〔22〕露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子
>>〔21〕怒濤聞くかたはら秋の蠅叩   飯島晴子
>>〔20〕葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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