ハイクノミカタ

狐火にせめてををしき文字書かん 飯島晴子【季語=狐火(冬)】


狐火にせめてををしき文字書かん)

飯島晴子

 私が想像するのは、狐火吟行である。しっかりとは見えない暗い手元で、力強くメモをしていくところを思う。私はどうも掲句のような「に」があると、どこかものとものが対面して影響しあうような印象を受けるのだが、この句の場合にも、狐火と文字とが相対するような感じがする。狐火は文字を照らすわけだが、さて文字は狐火にどのような影響を及ぼすだろう。例えば、その文字によって狐火が強くなったり弱くなったり。あるいは、書いてある文字の個数分の狐火が現れたり。狐火に照らされた文字が、今度は霊性を帯びて狐火に作用していくのである。

 では。「せめて雄々しい文字を書く」のは何のためだろうか。勿論、恐怖を吹き飛ばすために力強く書くとか、いくらでも理屈はつけられそうである。ただ、晴子俳句ということを踏まえれば、そこにはあまり意味はないのだとも思う。以前、晴子の待つ姿勢について述べたが、掲句の場合にも、せめて雄々しい文字くらいは書いておこう、あとは運命に任せようということなのかもしれない。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔36〕気が変りやすくて蕪畠にゐる 飯島晴子
>>〔35〕蓮根や泪を横にこぼしあひ 飯島晴子
>>〔34〕みどり児のゐて冬瀧の見える家 飯島晴子
>>〔33〕冬麗の谷人形を打ち合はせ 飯島晴子
>>〔32〕小鳥来る薄き机をひからせて 飯島晴子
>>〔31〕鹿の映れるまひるまのわが自転車旅行 飯島晴子
>>〔30〕鹿や鶏の切紙下げる思案かな 飯島晴子
>>〔29〕秋山に箸光らして人を追ふ 飯島晴子
>>〔28〕ここは敢て追はざる野菊皓かりき 飯島晴子
>>〔27〕なにはともあれの末枯眺めをり 飯島晴子
>>〔26〕肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子
>>〔25〕けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子
>>〔24〕婿は見えたり見えなかつたり桔梗畑 飯島晴子
>>〔23〕白萩を押してゆく身のぬくさかな 飯島晴子
>>〔22〕露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子
>>〔21〕怒濤聞くかたはら秋の蠅叩   飯島晴子
>>〔20〕葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 枯野から信長の弾くピアノかな 手嶋崖元【季語=枯野(冬)】
  2. マグダラのマリア恋しや芥子の花 有馬朗人【季語=芥子の花(夏)】…
  3. まどごしに與へ去りたる螢かな 久保より江【季語=蛍(夏)】
  4. 大氷柱折りドンペリを冷やしをり 木暮陶句郎【季語=氷柱(冬)】
  5. 六月を奇麗な風の吹くことよ 正岡子規【季語=六月(夏)】
  6. 蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日 涼野海音【季語=蓑虫(秋)】
  7. 梅咲きぬ温泉は爪の伸び易き 梶井基次郎【季語=梅(春)】
  8. 胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希【季語=冬林檎(冬)】

おすすめ記事

  1. 【春の季語】紙風船
  2. 来て見ればほゝけちらして猫柳 細見綾子【季語=猫柳(春)】
  3. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第31回】田園調布と安住敦
  4. 馬孕む冬からまつの息赤く 粥川青猿【季語=冬からまつ(冬)】
  5. 「野崎海芋のたべる歳時記」カオマンガイ
  6. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#01】「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと
  7. 【連載】漢字という親を棄てられない私たち/井上泰至【第4回】
  8. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【12】/飛鳥蘭(「銀漢」同人)
  9. 新道をきつねの風がすすんでゐる 飯島晴子【季語=狐(冬)】
  10. 彫り了へし墓抱き起す猫柳 久保田哲子【季語=猫柳(春)】

Pickup記事

  1. 【#34】レッド・ツェッペリンとエミール・ゾラの小説
  2. 筍の光放つてむかれけり 渡辺水巴【季語=筍(夏)】
  3. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第63回】 摂津と桂信子
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第14回】辻村麻乃
  5. 「パリ子育て俳句さんぽ」【8月20日配信分】
  6. 原爆忌誰もあやまつてはくれず 仙田洋子【季語=原爆忌(秋)】
  7. 新涼やむなしく光る貝釦 片山由美子【季語=新涼(秋)】
  8. 初場所や昔しこ名に寒玉子 百合山羽公【季語=初場所(冬)】
  9. 秋海棠西瓜の色に咲にけり 松尾芭蕉【季語=秋海棠(秋)】
  10. 五月雨や掃けば飛びたつ畳の蛾 村上鞆彦【季語=五月雨(夏)】
PAGE TOP