ハイクノミカタ

草田男やよもだ志向もところてん 村上護【季語=ところてん(夏)】


草田男やよもだ志向もところてん

村上護
(『其中つれづれ』2012年)


村上護の忌日は6月29日。亡くなって8年が経とうとしている。山頭火の評伝『放浪の俳人 山頭火』が代表作だろう。世に山頭火に関する書物は非常に多いのだけれども、中でも村上のそれは名著といえるものと思う。最初の山頭火ブームの時に、山頭火がいかようなる人物なのかをよく世に知らしめることになった。他にも全集をはじめ山頭火にかかわる編著は多く、山頭火以外にも俳人のインタビュー集など、俳句に関わる著書は多数あるが、本書によれば、村上が俳句の実作を始めたのはだいぶ遅く、特定の師につくこともなかったようである。結果、俳句一筋の作家のものとは一風変わった句集となっている。たぶん、自己の著作の執筆対象として俳人とは偏りなく距離を保とうとしたのであろう。なお、本句集が一代句集にして遺句集となった。

掲句は、なんとも言えないおかしみを感じるものの、うまく説明のできない不思議な句である。なんで「草田男や」なのだろう。「よもだ志向」とは何のことなのだろう。そこに斡旋された季語が「ところてん」なのは、何故なのか。いちおう『季題別 中村草田男全句』(角川)を確認してみたが、草田男にところてんの句はない。仮に冒頭を「草田男だなあ」と詠嘆しているとして、中七下五が倒置ならば草田男(の志向のイメージ)を表現した一句であり、取り合わせならば草田男と比べた作者自身の志向を言ったものかと思われる。

鍵になるのは「よもだ」であろう。『広辞苑』には、「(愛媛県で)いい加減なこと。また、そのような人。」と解説されているのであるが、これは正確ではない。愛媛といっても松山周辺の用法であって、南部に行くと違っており、「屁理屈を言う」、「言わなくてもいいようなことを言う」というくらいの意味で使われ、口げんかで勝てない相手から「おまえはよもだじゃ」とか「よもだ言うな」などと言われた経験が私にもある。愛媛は旧藩ごとに微妙に風土が違っていて、方言もかわるところがある。そのことがややこしいのは、草田男は厦門生まれの松山育ちだが、村上は、私の出身地の隣町である大洲の出身で、松山は松山藩、大洲は大洲藩、私のところは宇和島藩に分かれていたので、同じ愛媛の方言でも、それらの地域ごとに使い方が異なるのかもしれないのである。

あいにく大洲周辺には知己がおらず、彼の地で「よもだ」をどう使っているのかがわからないのだけれど、ひとまずこの句で「よもだ志向」が「いい加減であることを好む」意とするのか「屁理屈を言うのを好む」意とするのかでは随分印象が違う。「志向」という用語と、ところてんが真っ直ぐ押し出されてできるものであることで連想の連結とひねりがあって、「〇〇だけれども、まあ心太でも啜ってスッキリせよ」という文脈ならば、草田男がいい加減で済むタイプとは思われないのだけれど、作者はどうだったのだろう。「花散るや友の多くはボヘミアン」という句もあり、「よもだ」に「ボヘミアン」のニュアンスが暗に込められているなら、「いい加減」もありうるか。生前の氏とは数度顔を合わせた程度であったが、酒豪であったと仄聞するご本人に、飲みながら直接聞いてみたかった。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】
>>〔37〕水底を涼しき風のわたるなり     会津八一
>>〔36〕棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌    秋元不死男
>>〔35〕谺して山ほととぎすほしいまゝ    杉田久女
>>〔34〕夕立や野に二筋の水柱       広江八重桜
>>〔33〕雲の上に綾蝶舞い雷鳴す      石牟礼道子
>>〔32〕尺蠖の己れの宙を疑はず       飯島晴子
>>〔31〕生前の長湯の母を待つ暮春      三橋敏雄
>>〔30〕産みたての卵や一つ大新緑      橋本夢道
>>〔29〕非常口に緑の男いつも逃げ     田川飛旅子
>>〔28〕おにはにはにはにはとりがゐるはるは  大畑等
>>〔27〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ   波多野爽波
>>〔26〕花の影寝まじ未来が恐しき      小林一茶
>>〔25〕海松かゝるつなみのあとの木立かな  正岡子規
>>〔24〕白梅や天没地没虚空没        永田耕衣
>>〔23〕隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな  加藤楸邨
>>〔22〕幻影の春泥に投げ出されし靴     星野立子
>>〔21〕餅花のさきの折鶴ふと廻る       篠原梵
>>〔20〕ふゆの春卵をのぞくひかりかな    夏目成美
>>〔19〕オリヲンの真下春立つ雪の宿     前田普羅
>>〔18〕同じ事を二本のレール思はざる    阿部青鞋 
>>〔17〕死なさじと肩つかまるゝ氷の下    寺田京子
>>〔16〕初場所や昔しこ名に寒玉子     百合山羽公
>>〔15〕土器に浸みゆく神酒や初詣      高浜年尾
>>〔14〕大年の夜に入る多摩の流れかな   飯田龍太
>>〔13〕柊を幸多かれと飾りけり       夏目漱石
>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く     西東三鬼
>>〔11〕波冴ゆる流木立たん立たんとす    山口草堂
>>〔10〕はやり風邪下着上着と骨で立つ    村井和一
>>〔9〕水鳥の夕日に染まるとき鳴けり    林原耒井
>>〔8〕山茶花の弁流れ来る坂路かな     横光利一
>>〔7〕さて、どちらへ行かう風がふく     山頭火
>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ     中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し   塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. ひら/\と猫が乳吞む厄日かな 秋元不死男【季語=厄日(秋)】
  2. 山又山山桜又山桜 阿波野青畝【季語=山桜(春)】
  3. をぎはらにあした花咲きみな殺し 塚本邦雄【季語=荻(秋)】
  4. クッキーと林檎が好きでデザイナー 千原草之【季語=林檎(秋)】
  5. 肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子【季語=秋(秋)】
  6. をどり字のごとく連れ立ち俳の秋 井口時男【季語=秋(秋)】
  7. 盥にあり夜振のえもの尾をまげて   柏崎夢香【季語=夜振(…
  8. 鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波【季語=鳥の巣(春)】

おすすめ記事

  1. 詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女【季語=二月(春)】
  2. 香水の一滴づつにかくも減る 山口波津女【季語=香水(夏)】
  3. 秋蝶の転校生のやうに来し 大牧広【季語=秋蝶(秋)】
  4. 膝枕ちと汗ばみし残暑かな 桂米朝【季語=残暑(秋)】
  5. 空のいろ水のいろ蝦夷延胡索 斎藤信義【季語=蝦夷延胡索(夏)】
  6. 蕎麦碾くや月山はうつすらと雪 佐藤郁良【季語=雪(冬)】 
  7. 夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居【季語=夾竹桃(夏)】
  8. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【10】/辻本芙紗(「銀漢」同人)
  9. 軋みつつ花束となるチューリップ 津川絵理子【季語=チューリップ(春)】
  10. 九月来る鏡の中の無音の樹 津川絵理子【季語=九月(秋)】

Pickup記事

  1. 虹の空たちまち雪となりにけり 山本駄々子【季語=雪(冬)】
  2. 卒業の子らが机を洗ひ居る 山口草堂【季語=卒業(春)】
  3. 愛情のレモンをしぼる砂糖水 瀧春一【季語=砂糖水(夏)】
  4. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第46回】 但馬豊岡と京極杞陽
  5. 天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部 加倉井秋を【季語=落葉(秋)】
  6. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#10
  7. ともかくもくはへし煙草懐手 木下夕爾【季語=懐手(冬)】
  8. 山羊群れて夕立あとの水ほとり  江川三昧【季語=夕立(夏)】
  9. 嫁がねば長き青春青蜜柑 大橋敦子【季語=青蜜柑(秋)】
  10. 方舟へ行く一本道の闇上野ちづこ(無季)
PAGE TOP