大利根にほどけそめたる春の雲
安東次男
大阪で生まれ育った私にとって、最も親しい川は大和川。一級河川ではあるが、流域面積日本一の利根川には及ぶべくもない。だがそんな利根川も関西を離れるまでは、教科書の地理でお決まりとして覚えた川。実感は全くなくそんな川がある、という印象のみであった。
しかし二十年ほど前から何の縁かつくばに住むこととなった。今新宿まで私は通勤しているのだが、その際にはつくばエクスプレスで必ず利根川を渡る。特に美しいのは早朝、日が昇る頃の光が水面に反射するとき。また周囲に広がる田畑から霧が立ち上り、川面を覆う様も水墨画の世界のように幽玄である。掲句はそんな利根川にほどけそめゆく雲を詠んだ。春のどこか柔らかな雲は、まさにこの世全体を包むようであり、利根川にほどけそめて、やがてその流れとなるようでもある。
利根川の悠々とした流れの上に広がる空と雲。だが時に利根川の上を不気味な黒雲が湧き、激しい雷雨に慄いたこともある。そうこの大利根にはさまざまな天候の変化や、季節の移ろいが見られるのである。
掲句を読んで、通勤の電車に揺られながら、最近はスマホばかりを見てしまう自分を恥ずかしく感じた。やはり通過するのは一瞬であるとはいえ、この雄大な景色を眺める機会があることに感謝しなければならない。掲句のゆったりとしたリズムに通勤も旅よと楽しみたいものだ。
(大西朋)
【執筆者プロフィール】
大西朋(おおにし・とも)
1972年大阪府生まれ。つくば市在住。2005年朝日カルチャーセンター名古屋教室にて、宇佐美魚目に師事。2006年「晨」入会。2010年「鷹」入会、小川軽舟に師事。2016年、第4回星野立子新人賞受賞。2017年、第一句集『片白草』上梓。2018年同句集で第41回俳人協会新人賞受賞。東京四季出版「俳句四季」にて「俳句へのまなざし」を連載中。「鷹」同人、「晨」同人、俳人協会幹事。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】
>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸 正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ 正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉 正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな 正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規
【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】
>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる 野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等 野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし 野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海 野見山朱鳥
【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】
>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが 髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた 福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり 兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな 畠山弘
【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】
>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養 石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず 有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛 松本たかし
【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】
>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は 中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催 潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ 田口武
【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな 蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる 岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希
【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】
>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事 岡野泰輔
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>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ 中町とおと
【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】
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>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」 林翔
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>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
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【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】