ハイクノミカタ

森の秀は雲と睦めり花サビタ 林翔【季語=さびたの花(夏)】


森の()は雲と睦めり花サビタ

林翔


俳句では「さびたの花」と呼ぶのが一般的だが、正式には「ノリウツギ」。角川大歳時記によれば「サビタ」は北海道方言とのことだが、日本国語大辞典には、青森県、秋田県、岩手県でも使われるとあり、北東北からの移住者が北海道に持ち込んだ言葉なのだろう。

「サビタ」の語源ははっきりとはわからないようで、「北海道・東北ふるさと大歳時記」には、「咲いているうちに赤みがさし、晩秋から冬にかけて灰褐色のドライフラワーとなって残る。サビタとはその錆色からか。」とあるが、この書きぶりでは執筆者の推測であると思われる。

「サビタ」という名称は原田康子の小説「サビタの記憶」(1957年)から知られるようになったようだが、「蝦夷歳時記」第1巻・農村の巻(1961年)には、土岐錬太郎の文章を引用して「この花の白さが何とはなしに開拓地の淋しさにマッチして、俳人たちにはノリウツギよりサビタの方で親しまれている」と書かれている。

いずれにしても、「錆」と「淋し」はもともと語源が同じようなので、「サビタ」もそのあたりから来ていることは間違いないのだろう。

森の()は雲と睦めり花サビタ 林翔

サビタの花の白さは、うすぐらい森の中でひときわ目を引く。花自体はよく見ると地味なものなのだが、あたりの木の濃緑との対比で白が鮮やかに映えるのだ。

サビタが咲くのは目の高さくらい。そこから視線を上げていくと森の緑が奥までずっと続いており、さらに上には高木の秀(梢)が、そして雲が見える。眼前にはサビタの白と葉の緑、頭上には森の秀と雲。ここで描かれる景には、その色の移り変わりのリズムにゆったりと包み込まれるような感覚がある。森の秀が雲と睦み合っているのと同様に、作者自身もサビタの花と、そして森全体としずかに同化しているのであろう。

掲句は北広島市の野幌原始林で詠まれたもの。

北海道・東北ふるさと大歳時記」所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔42〕麦真青電柱脚を失へる       土岐錬太郎
>>〔41〕農薬の粉溶け残る大西日       井上さち
>>〔40〕乾草は愚かに揺るる恋か狐か     中村苑子
>>〔39〕刈草高く積み軍艦が見えなくなる  鴻巣又四郎
>>〔38〕青嵐神木もまた育ちゆく      遠藤由樹子
>>〔37〕夫いつか踊子草に跪く       都築まとむ
>>〔36〕でで虫の繰り出す肉に遅れをとる   飯島晴子
>>〔35〕干されたるシーツ帆となる五月晴    金子敦
>>〔34〕郭公や何処までゆかば人に逢はむ   臼田亜浪
>>〔33〕日が照つて厩出し前の草のいろ   鷲谷七菜子
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>>〔30〕帰農記にうかと木の芽の黄を忘ず   細谷源二
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>>〔25〕鉄橋を決意としたる雪解川      松山足羽
>>〔24〕つちふるや自動音声あかるくて  神楽坂リンダ
>>〔23〕取り除く土の山なす朧かな     駒木根淳子
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>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


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