鴨が来て池が愉快となりしかな 坊城俊樹【季語=鴨来る(秋)】


鴨が来て池が愉快となりしかな

坊城俊樹


歳時記によると、「鴨来る」は「鴨渡る」と並んで「初鴨」の傍題だ。秋になると、鴨だけでなく大小さまざまの鳥が北方から渡って来る。白鳥や鷹、雁、鶴といった鳥たちの渡りはそれを見るためによその地へ足を運ばなくてはならないけれど、鴨なら近所の水辺で容易く出会える。私たちの暮しに最も馴染み深い渡り鳥と言えるだろう。「初鴨」が親季語のようだけれど、「鴨来る」の期待に胸が鳴るような響きが好きだ。同じ響きは「燕来る」にも感じるけれど、いつも頭上を素早く飛び回る燕と違い、鴨はその人間臭い営みを目の当たりに出来る分、喜びもまた親近感がある。

今のところ、池や川にいるのは留鳥のカルガモばかりだけれど、間もなく色々な鴨たちがやって来る。マガモは青首が輝かしく、オナガガモの模様は江戸前の粋、モノクロでずんぐりしたのはスズガモ、スズガモの仲間で頭からぴょーんと伸びた冠羽が可愛い(そういえば目下話題の貴人の婚約者のヘアスタイルもこんな風?)キンクロハジロ・・・。彼らがやって来ると水の上は大賑わいだ。騒がしく着水するのがいるかと思えば、ある一羽を執念深く追い立てるのがいる。立ち上がって周囲を威嚇するように大きく羽搏く鴨の傍で、餌を取るためかいきなり逆立ちを始める鴨。彼奴ときたら、無防備なお尻が丸出しなのもご存じない。そして、その他大勢は我関せずという顔で泰然と流れに身を任せている。カイツブリが彼らの間を器用に潜っては遠くに顔を出す。人間社会の諸相に似ていなくもない。

掲句はそうした景色を詠んだもの。「池が愉快」と言って、鴨のさまざまの動きを一網打尽に捉えている。愉快なのは作者に違いないのだが、この大らかさは「ふぉっふぉっふぉっ、池もさぞかし愉快であろうのう」とお殿様が機嫌よく眺めているみたい。「なりしかな」の詠嘆が鷹揚だからだろう。

当サイトも「鴨と尺蠖」なるポッドキャスト番組が始まるとか。益々愉快なことになりそう。

『壱』朔出版 2020年より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
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>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平
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>>〔26〕春は曙そろそろ帰つてくれないか   櫂未知子
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>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん

>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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