大風の春葱畠真直来よ 飯島晴子【季語=春葱(春)】


大風の春葱畠真直来よ)

飯島晴子

『寒晴』は、一気に平易な句風になったという点でよく注目されるわけだが、私の魅力的に思うのは、季題が画面のより中心に移動し、より存在感を増しているところである。〈藤袴とも思ほゆる(へだたり)に〉〈土筆折る音たまりける体かな〉〈いちはつにをんな一息入れにけり〉〈蟻の穴出も入りもせぬ蟻一匹〉〈いと小さきながらも穴を惑ひをり〉〈雛の歯尖りてをりし宵のこと〉〈蛞蝓(なめくぢり)ほどの明るさ朝夕に〉〈冥加かなおたまじやくしのぴぴぴぴと〉〈この間から冬瓜が床の間に〉〈土筆飯ならば少々神妙に〉〈とくと見ておくべきものに葱の種〉〈なにはともあれの末枯眺めをり〉〈鉈の柄を短く持ちて霰かな〉〈早苗月鴉の胸の光かな〉〈蠅身(ようしん)の蒼ければつく牡丹かな〉〈なめくぢりびかりにひかる皺の腕〉〈鷭鳴くや男の厚きマッチ箱〉〈怒濤聞くかたはら秋の蠅叩〉。それぞれの季題の霊的なおかしみとでも言うべきものが引き出されていると思う。

掲句もまた同様。「真直来よ」と言われた時、葱のまっすぐ列をなして生えていることに改めて気づき、春の分厚く柔らかい風の中で、背筋を正されるようである。それ以外にも、晴子俳句のエッセンスの詰まった一句である。以前、葱と夏葱のことは取り上げたが、春葱には、また葱や夏葱とは異なる、少し暖色に寄った柔らかいイメージがある。春の葱そのものはさておき、言葉としての「春葱」の力を生かしているところが、晴子の方法である。そして、畠は晴子にとって、境界の内側の、待つための空間であり、「真直来よ」にはまさしく、来るものを待つ受動的な姿勢が出ている。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


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【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔51〕二人でかぶる風折烏帽子うぐひすとぶ 飯島晴子
>>〔50〕蜷のみち淡くなりてより来し我ぞ 飯島晴子
>>〔49〕雛まつり杉の迅さのくらやみ川 飯島晴子
>>〔48〕鶯に蔵をつめたくしておかむ 飯島晴子
>>〔47〕紅梅の気色たゞよふ石の中 飯島晴子
>>〔46〕辛酸のほどは椿の絵をかけて 飯島晴子
>>〔45〕白梅や粥の面てを裏切らむ 飯島晴子
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>>〔43〕髪で捲く鏡や冬の谷底に 飯島晴子
>>〔42〕ひきつゞき身のそばにおく雪兎 飯島晴子
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>>〔39〕白菜かかへみやこのなかは曇なり 飯島晴子
>>〔38〕新道をきつねの風がすすんでゐる 飯島晴子
>>〔37〕狐火にせめてををしき文字書かん 飯島晴子
>>〔36〕気が変りやすくて蕪畠にゐる 飯島晴子
>>〔35〕蓮根や泪を横にこぼしあひ 飯島晴子
>>〔34〕みどり児のゐて冬瀧の見える家 飯島晴子
>>〔33〕冬麗の谷人形を打ち合はせ 飯島晴子
>>〔32〕小鳥来る薄き机をひからせて 飯島晴子
>>〔31〕鹿の映れるまひるまのわが自転車旅行 飯島晴子
>>〔30〕鹿や鶏の切紙下げる思案かな 飯島晴子
>>〔29〕秋山に箸光らして人を追ふ 飯島晴子
>>〔28〕ここは敢て追はざる野菊皓かりき 飯島晴子
>>〔27〕なにはともあれの末枯眺めをり 飯島晴子
>>〔26〕肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子
>>〔25〕けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子
>>〔24〕婿は見えたり見えなかつたり桔梗畑 飯島晴子
>>〔23〕白萩を押してゆく身のぬくさかな 飯島晴子
>>〔22〕露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子
>>〔21〕怒濤聞くかたはら秋の蠅叩   飯島晴子
>>〔20〕葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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