新綠を描くみどりをまぜてゐる
加倉井秋を
秋をは相当な秀才だったようである。画家志望であったが、親から猛反対を受けてしまう。関東大震災で荒廃した街を復興させるという大義名分で東京美術学校の建築科に進むも、親はそれでも納得していなかったようだ。秋を自身もよく割り切れたものである。美術学校卒業後は、言行一致で建築家として歩みだす。
第一句集『胡桃』のあとがきに秋をは俳句とのかかわりをこんな風に記している。「上野の美術學校を卒業して、建築のデザインに従事する私に、それだけでは滿たし得ない表現意慾が、かうして俳句と言ふ詩によつて私は埋めて行けたのであった。」画家になる夢を断念し、建築の道に進んだ秋をの心の中には発露を得ない表現欲求が埋火のように燃え続けていたのだろう。
私にも似たような経験がある。高校卒業後、第一志望の薬学部に落ちた私は途方にくれていた。急に絵が描きたいという衝動にかられ、教職に就くという条件で画塾に通い、美大進学を許されたのだ。卒業して数年間、中学生に美術を教えていたが、美術科担当とは言え恥ずかしながら授業内容はしっちゃかめっちゃ科(?)だった。授業が終わるたびに美術室の床がジャクソンポロック調に変わっているなんてことも。外でやったほうがよかったと思いながら床を拭く日々…。自身の制作はもちろん教えることすらままならない焦燥感の中、俳句は四季の移ろいの美しさ、ものを写生する表現の喜びを再認識させてくれたのだ。あの頃教えていた子達はもうアラサーになるのだろうか。大分、秋をのエピソードとはかけ離れてしまったので話を戻そう。
この句は戸外、あるいは新緑が見える位置での写生に臨む場面である。パレット上で混ぜているのは多分、油絵具か不透明水彩(グワッシュ)。ひょっとすると日本画の岩絵の具。透明水彩は水を多く含ませてさらさらしているので、「まぜてゐる」の量感、粘性は出てこない。眼前の「新綠」と絵の具の「みどり」の対比。そして連想としてイーゼルに掛けられたキャンバスや画用紙の白との対比が美しく映えてくる。新しいものを創り出すワクワク感や喜びが読み手にも伝わってくるようだ。絵を描きたいと思った時、人は誰でも画家になれるのだと思う。遅すぎるなんてことはない。私もそんな埋火を心の中にずっと育てている。
(句集『胡桃』より)
(沼尾將之)
【執筆者プロフィール】
沼尾將之(ぬまお・まさゆき)
1980年埼玉県生。「橘」同人。俳人協会幹事。俳人協会埼玉県支部世話人。 句集『鮫色』(ふらんす堂、2018年)(第43回俳人協会新人賞受賞)
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】
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>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず 加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓 加倉井秋を
【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】
>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月 杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな 坊城俊樹
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【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】
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>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄 吉村毬子
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【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】
>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲 安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア 豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく 加藤喜代子
【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】
>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸 正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ 正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉 正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな 正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規
【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】
>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる 野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等 野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし 野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海 野見山朱鳥
【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】
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>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな 畠山弘
【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】
>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養 石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず 有馬朗人
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【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】
>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】