ミステリートレインが着く猿の星
飯島章友
ときどき列車の車内販売が恋しくなることがあります。とくに緑茶の入っていたあのビニールっぽい水筒。中国雑貨店に売っていそうなかわいらしさで、なんて商品なんだろうと長らく思っていたのですが、「駅弁資料館」というサイトを見つけ「ポリ茶瓶」という名称だと判明しました。
驚いたのはこの「ポリ茶瓶」には前身があって、それは「汽車土瓶」という陶器製の瓶だったこと。信じられないような贅沢な時代があったものです。ちなみに「ポリ茶瓶」はまだ使用が継続されている地域があり、「汽車土瓶」に至っては復刻版として販売されています。ペットボトルのお茶ではない、列車ならではのアイテムがあると、旅の空気に個性が出ていいですよね。
ミステリートレインが着く猿の星 飯島章友
飯島章友『成長痛の月』より。ウソのようなホントの話が始まりそうな、魅力溢れるショート・ストーリー風の一句。列車という重い鉄塊と猿の惑星との取り合わせにユニークな迫力があり、エルヴィス・プレスリー、ジム・ジャームッシュ、ピエール・ブールといった触媒も娯楽的空想を誘います。それにしても、さまざまな要素がコンパクトに畳み込まれているのに少しも窮屈じゃないですね。定型の包摂機能の高さをあらためて感じました。他、きままに数句。
いいピアノですね死体も隠せるし 飯島章友
ジュテームと寿限無におなじ酵母菌
くちびるは天地をむすぶ雲かしら
遮断機がるさんちまんと下りてくる
月の墓場をだれも知らない
(小津夜景)
【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
【小津夜景のバックナンバー】
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