しばらくは箒目に蟻したがへり 本宮哲郎【季語=蟻(夏)】


しばらくは箒目にしたがへり)

本宮哲郎

 目的地は決っているけど道順がわからない時、人混みに従っていけばたどり着けることがある。人の波に流されていった結果全く違う場所に着くことも当然あるが、筆者の場合はたどり着けることの方が多い。

 道に迷った時、それらしき矢印を見かけたら当然そちらに行ってしまうものだ。パリの地下鉄を使った際、目的の出口を差す矢印に従って歩いていったら同じ場所を3周ほどしてしまった。渋谷駅では矢印を途中で見失ってしまった。目先の矢印に飛びついても、最終的な自分の目的地を明らかにしておかないことにはかえって迷ってしまう。

 バスの車窓から見えた光景である。中学校の校舎にスローガンのようなものが掲げてあった。「日本をうごかす人となれ」。うごかすことが良いことなのか?世界でなく日本でいいのか?自分が通う中学校に掲げてあったらどう思っただろうか。色々疑問が浮かんだが、このような言葉が掲げてあることでそれについて各自が考える機会が発生するのは悪いことではないのではないだろうか。自分のことと感じるかもしれないし、関係ないと思うかもしれない。内容について感動するかもしれないし、疑問を抱く生徒もいるかもしれない。極論をいえば、内容は何でも良いのである。あるテーマについて日々考えるきっかけを与えることが、その生徒の将来への道筋になるかもしれないのだ。

 しばらくは箒目に蟻したがへり

 学校を卒業すると、与えられた課題をこなさなくて良い解放感と共に、何をしたら良いのか、何をしたら認めてもらえるのかのものさしが急に見えなくなる。そんな時、「これをすれば人生はもっと充実する!」といったガイド本に出会ったらつい手にとってしまいたくなる。その矢印が正しい方を向いているかどうかは本人が目指す目的次第。目の前の矢印に振り回される人生になるのか、進む前に正しいかどうかを判断できるのかはその先にある目的が見えているかどうか次第なのである。

 蟻は餌を探して歩き続けている。その前方を庭箒が掠めると、蟻はその箒目にしたがって歩き始めたのである。「しばらくは」とあるので蟻がそのうち箒目から外れること、あるいは箒目そのものが尽きてしまうことを作者は知っているのだ。そのうち外れるけど今は従っている。卒業前の生徒達のようである。したがっているのが偶然なのか蟻の意思なのかはわからないが、そのかりそめの時間を噛みしめているのである。

 しばらくは何かにしたがう時間というものがあっても良いと思う。したがった時間があるからこそ解放感を味わうことができるのだ。それは箒目でなく本来行くべき道なのかもしれないのである。正解は自分にしか分からない。

 『日本海』(2000年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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