青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ
河野南畦
「青葉冷え」は出会った時から気になっていたものの使ったことがない季語である。個人的な理由としては、音が面白すぎるのだ。「ばび」が強い。「あおばびえ」は筆者にとってはほぼジンバブエであり、バオバブなのである。おなじバ行の音でもバブルは違う。ジンバブエは5文字で3~4文字目がバ行という大いなる共通点がある。バオバブは字足らずであるが、「バブ」の後に休符をいれればほぼ「あおばびえ」であり「ジンバブエ」なのだ。その理論でいくと3文字しかない「バブル」はバ行界のなかではかなり遠い存在なのである。
「ばび」の音の面白さに耐えられず「若葉寒」と詠みたくなるのだが、実際「青葉冷えだなあ」と思うことより「若葉寒だなあ」と感じることの方が断然多い。例句も「若葉寒」の方が多いのだが、皆同じことを感じているのだろうか?
青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ
夏も深まった青葉の頃に降る雨に山中も冷えている。掘り起こされた壺がこれまで溜め込んできた冷たい空気を吐き出したかのようだ。温度(上五)と気候(下五)、近い存在であるが出土の壺が介在することによって具体性と不可思議が追加されて一気に面白い仕上がりとなった。雨を呼ぶ連想から卑弥呼が愛用していた壺かもしれないと思いたくなる。
上五は「あおば『ひ』え」と読みたくなるが、「あおば/ひえ」と「冷え」を動詞的にとらえると青葉が冷えたから当然の結果よくある現象として山雨を呼んだような理屈っぽさが出る。「あおば『び』え」とひとまとまりの名詞と捉えると上五が独立して切れが強くなるので上五と下五の因果関係が薄くなり、出土の壺が山雨を呼ぶという超常的現象(幻想と呼ぶべき?)がよりクローズアップされる。ここは歳時記通り「あおばびえ」と読むべきであろう。
若葉は初夏の季語で新緑だが青葉は三夏(初夏、仲夏、晩夏いつでもOK)の季語で緑がより深い。「青葉冷え」に比べて「若葉寒」の例句が多いのは実際若葉の頃の方が寒さを感じる気象になることが多いからであろう。それに対して「青葉冷え」は季節が進んでからのことなのであまり出会う機会がない。「寒」は前の季節から継続している感じがするが「冷え」は一度暑くなったものが低温に戻るニュアンスがある。青葉の頃から季節を大きく戻すには出土の壺のような未知への扉を開くボタンが必要なのだ。
「青葉冷え」があまり詠まれてこなかったのは音の問題ではなくもっと実感に即したものであったことがわかり、謎の安心感を得たのであった。
「新編 俳句歳時記 夏」(草間時彦編・1978年講談社刊)より。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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