突として西洋にゆく暖炉かな
片岡奈王
毎年この時期に受ける人間ドックも済んで、思い当たる節のあるひととおりの数値は想定範囲、今年から始まった食事指導でも「赤身を食べよ」という実現可能なことしか言われず、冬至まで一週間を切って、わずかに望みが湧いてきた、がんばれ私、がんばれみんな。
そんなときに、突としてこんな句があったら、うれしくなってしまう。月曜から火事の句が続いたハイクノミカタ、今週の平日を締めくくるににふさわしい火事の句がないか探していたときのことだ(ハナキンにふさわしい火事の句はみつけられませんでした)。
突として西洋にゆく暖炉かな
句は大まかに二通りに読むことができる。
1.誰かが突然西洋に行く。暖炉の前でそのことを思う私。
2.私が暖炉にあたたまっていると、突然西洋にゆく(ようだ)。
片岡奈王は明治十八年生まれ。逓信省に勤め、富安風生や、松藤夏山らと交流した。同じ「冬」の章の中には〈夏山忌やしづかに榾を燻べ足しつ〉の句があるけれど、夏山の遺句集ではあとがきを寄せた。もしかしたらこの暖炉は、松藤夏山を思いながら榾をくべた、同じ暖炉かもしれないなどと思ったりもする。
奈王のほかの句の作りや、「西洋」というはっきりしない言い方を考え合わせると、奈王は「2」としてこの句を作ったように思う。知人がどこかへ旅立つのであれば、せめて国名くらいは言うだろうし、その方が誰かが旅立つ句としては、具体的になって面白くなる。
比喩として、妄想としての洋行であれば、「西洋」くらいが面白いだろう。それは、西洋といってもずいぶん開きがあるからで、それだからこそ、この西洋には「どこやねん」感が漂う。そして、煌々と燃えて、熱と光で人をだめにする暖炉の火の前では、そのいい加減さが心地よい。
それにしても、私の見聞きしている西洋の暖炉からは、かなりの確率で遺書か、隠れた血族を記した手紙の燃えさしが出てくる。こんなに穏やかな暖炉は、日本にいながら思う西洋でだけのことかもしれない。
暖炉は羨ましいけど、掃除をすることを考えると、やっぱりエアコンでいいなと思う。事始も過ぎた、エアコンフィルタの掃除でもして、あたたかな週末を。
『ホトトギス同人句集』(1938年)
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】