胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋
鷹羽狩行
(『自選自解 鷹羽狩行集』白鳳社)
向田邦子脚本のテレビドラマに使われて人口に膾炙した由。定本『遠岸』には入れているらしいのだが、初版の『遠岸』には未収録。ということは、作者は半ば捨てていたのかもしれず、それを向田邦子がすくい上げたわけで、テレビの時代であった昭和の俳句というにふさわしい感じがする。
引用元で作者は、「割ったクルミに実のない空間を、クルミのあるべき「部屋」と思い、そこに中身がないことは、無用の用を狙っての企みか、機械などにある“遊び”かと考えた。さらに、誰かが“ものごとの核心には空虚がある”と言ったように、この欠落は人間の英知を超えた、なんらかの幽玄不可解な目的のための部分なのかもしれないとも思った。人間の内部を眺めても、そこに同様の不思議な部分があるのではなかろうか。」と自解する。
「ものごとの核心には空虚がある」は誰のセリフか存じ上げないが、ロラン・バルトの日本論(『表徴の帝国/記号の国』)あたりを想起させる内容をもっている。そして作者は、「あるべき「部屋」」に中身がないことに対し、「無用の用を狙っての企み」、「機械」の「遊び」、「人間の英知を超えた(略)幽玄不可解な目的」云々と、けっこう執拗に意味づけを試みているのだけれど、結局そうやって言葉で意味づけることそのものは不可能であることを証明しているようにも思われる。してみるとこの自解の目的は、意味づけることより、方向付けることなのであろう。
ところで、割ったら中がスカの胡桃を見たことはありますか?私はまだない。ウェブ上で胡桃の画像を検索して見ると、殻の中にぎっしりと実の詰まった「商品」の画像ばかりがずらっとならび、割った時「実のない空間」はちっとも出てこなくて、掲句とは真逆に意味を方向付けられているよう。リアルの世界では、胡桃の実は、きちんと成熟しなかったり、何らかの理由で成長途中で中で腐ってしまうものもあるらしいのだが、それを実際に見るためには、どうも胡桃を買うか山で拾うかしてとにかくたくさん割ってみるしかなさそうなのです。
(橋本直)
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。