蛤の吐いたやうなる港かな
正岡子規
季語は「蛤」なのか蜃気楼(昔の人は大蛤が妖気を吐いたとき現れると考えた)なのか微妙なところだが、子規自身は『寒山落木』で明治二十九年作の「蛤」に分類。いずれにしても晩春の句である。「港」と認識できるような蜃気楼などめったに見られるものではないから、港町の実景が陽炎でゆらいで見えたくらいのことであったかも知れない……チョッと盛ったか!?
先週紹介した『正岡子規伝』(岩波書店)で復本一郎氏は、子規の「文学者の頭脳は四畳半の古机にもたれながら、其理想は天地八荒の中に逍遥して、無碍自在に美趣を求む。羽なくして空に翔るべし、鰭なくして海に潜むべし。音なくして音を聴くべく、色なくして色を観るべし。此の如くして得来る者、必ず斬新奇警、人を驚かすに足る者あり。俳句界に於て斯人を求むるに蕪村一人あり」(『俳人蕪村』)という発言を引いて、「今日では、子規の「写生」説と結びつけて「子規は蕪村の句に写生説の典型を見いだし、蕪村調は一時俳壇を風靡した」(『図説俳句大歳時記』の「蕪村忌」の項)と解する傾向が大勢を占めているようであるが、やや無理があるように思われる」と述べている。
また、秋尾敏著『子規の近代』(新曜社、平成十一年七月刊)にも「子規は、芭蕉の句が実体験ばかりを対象としているのに対し、蕪村の句は空想の素材を得ているから魅力があると述べている」との一文が見える。子規の蛤の句といえば明治二十六年作の〈蛤の荷よりこぼるゝうしほ哉〉の方がよく知られているが、子規が新聞「日本」で「俳人蕪村」の連載をはじめたのが明治三十年四月であったことなどを考え合わせると、掲出の蛤の句もまたそれなりの価値を帯びるように思えてくるのである。
(松尾清隆)
【執筆者プロフィール】
松尾清隆(まつお・きよたか)
昭和52年、神奈川県平塚市生まれ。「松の花」同人。元編集者。「セクト・ポクリット」管理
人・堀切克洋が俳句をはじめる前からの〝フットサル仲間〟でもある。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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