あつ雉子あつ人だちふ目が合うて
西野文代
我が家の裏手にはかなりの広い空き地がある。今住んでいる貸家の大家さんが、以前畑と田んぼをしていたが、もう使っておらず、いくらでも耕してくれていいと言われ、少しばかり我々が耕しているのみだ。そんな広い空き地には、茂みやちょっとした林がある。引っ越ししてきて間もないころ、その裏手から、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえた。雉である。
ケーンケンという鳴き声ばかりではなく、もの凄い羽音がして驚いたが、それが初めて聞いた雉の母衣打ち。歳時記ではそのようなことがあるとは知っていたが、風を巻き起こしているかのような、その迫力は想像以上のものであった。そんなある日、畑をしていると、茂みからひょこっと、雉の赤い貌が見えた。そして一瞬私と目が合った。その瞬間がまさに掲句の通り。俳句は瞬間を切り取るものだが、こんな風に軽々と瞬間を切り取ることはできない。上五と下五は頭の中に浮かぶが、中七の「人だちふ」が詠めそうで詠めない。この何でもなさが本当に難しいのだ。掲句には人の認識と雉の認識が、一句の中で対等に描かれていて、そこはかとないおかしさと、えも言われぬ緊迫感を生んでいる。
それ以来、共に暮らし続け、我が家では「雉郎」と呼んでいるが、数年前には雉の親子が我が家の菜を啄んでいる姿も見かけた。雉の寿命は十年くらいとも聞く。とすると、今鳴いている雉はあの時の雛かも知れない。今日も畑を耕しながら、目が合う瞬間を楽しみにしている。
（大西朋）
【執筆者プロフィール】
大西朋（おおにし・とも）
1972年大阪府生まれ。つくば市在住。2005年朝日カルチャーセンター名古屋教室にて、宇佐美魚目に師事。2006年「晨」入会。2010年「鷹」入会、小川軽舟に師事。2016年、第４回星野立子新人賞受賞。2017年、第一句集『片白草』上梓。2018年同句集で第41回俳人協会新人賞受賞。東京四季出版「俳句四季」にて「俳句へのまなざし」を連載中。「鷹」同人、「晨」同人、俳人協会幹事。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜＝日下野由季→篠崎央子（2021年7月〜）、火曜＝鈴木牛後、水曜＝月野ぽぽな、木曜＝橋本直、金曜＝阪西敦子、土曜＝太田うさぎ、日曜＝小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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