鳥けもの草木を言へり敗戦日
藤谷和子
一昨日、8月15日は終戦記念日だった。戦争経験者がきわめて少なくなった現在、だんだんと語られなくなってきた戦争だが、それでもメディアでは特集が組まれ、誰しもが当時に思いを馳せたことだろう。
掲句の作者、藤谷和子は旧樺太に生まれ、戦後北海道に引き揚げてきた。外地からの引き揚げはどこでもそうだったのだろうが、たいへんな苦労をしたようだ。
作者は残念ながら今年5月、94歳で亡くなってしまったが、生前のインタビューをまとめた本がこのほど出版された。作者が主宰していた「草木舎」の句会に参加していた松王かをりが、一年以上、全9回にわたって作者の生い立ちや俳句への思いを詳細に聞き取ったものだ。(「最果ての向日葵 ― 俳人 藤谷和子に聞く」松王かをり著 中西出版)
鳥けもの草木を言へり敗戦日
本書の中で作者は、掲句について次のように語っている。
「私の中ではね、『言う』ということは『思う』ということ。だから、『言へり』というのは、樺太にいたときの鳥や草や獣や友だちや先生や、その全部を『思う』ということなの。」
作者の自解を紹介してしまったら、もう私が書くことはなくなってしまうのだが、蛇足ながら付け加えれば、ここにあるのは失われてしまった故郷への思いだろう。故郷だけではなく、引き揚げの過程で亡くなった人のことや(実際に本書には作者の姉のことが書かれている)、それまで信じていたものが突然ひっくり返された精神的な空白もあったはずだ。
それでも鳥や獣や草木は変わらずにあり、現在もきっとあるだろう。当時も今も、自分の(あるいは人間の)精神とか魂とかというようなものを包むものとして、それらはそこにある。そこが作者の俳句の原点だったのではないかと掲句を読んで感じた。
「生年月日」(1997年)所収。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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