九月の教室蟬がじーんと別れにくる
穴井太
二学期が始まった教室の光景だろう。日本のおおかたの地域では、八月=夏休み、九月=二学期というように結びついているのだろうが、北海道では夏休みがお盆の少し後までしかなく、いつも本州以南の長い夏休みを羨ましく思っていたことを思い出す。
蝉といえば夏の象徴。子どもたちの夏休みは、蝉とともに過ごしてきたと言ってもいい。もちろん蟬採りなどもしただろうし、蝉の抜け殻を集めたりもしたかもしれない。屋内にいたとしても、エアコンのなかった時分は窓をいつも全開にしていたのだろうから、昼寝をしていても蝉の声のシャワーを浴びているようなものだったはずだ。そうなるともはや蝉の声は、からだの内側から響いてくるようにも感じられたのではないか。心臓の鼓動のように、あるいは胃腸の蠕動のように。
そして二学期。教室にももちろん蝉の声は届いていたことだろう。しかし、教室で聞く蝉は夏休みの蝉と同じではない。実際の声は同じでも、内側から響いてきたりはしないのだ。どこか外側からやってきて、じーんと耳の穴に入ってくる。それは夏休みとの別れの音なのである。
ちなみに宮坂静生さんは、蝉が実際に別れを告げるために教室に入って来たと読んでいる。読みはいろいろ。
「ゆうひ領」(1974年)所収。宮坂静生「俳句必携 1000句を楽しむ」(2019年)より引いた。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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