みかんいろのみかんらしくうずもれている
岡田幸生
(新版『無伴奏』2015年)
一方が海で、残り三方が蜜柑山の段々畑に囲まれた町に生まれ育った。北上しても南下しても、海沿いには平地が少なく、蜜柑の段々畑が延々と続く。長いこと蜜柑の収穫期に帰省することがなかったので、あまりその風景を思い出すこともなかったのだけれど、先日所用で帰省すると、山は蜜柑でいっぱいだった。
そういうところで育った経験からこの句を読むと、収穫されることもなく落ちるままに蜜柑の木の下に落ちている蜜柑とか、収穫されはしたが出荷に適さないものとして畑の脇にうち捨てられた蜜柑とか、畑の土に半ばうずもれている景色が自ずと浮かんでくるのだけれど、そういう経験がなく、ずっと都会で暮らしてきたような人は、どういう景色を思うのだろう。果物屋に山と積まれた蜜柑の中の、蜜柑に埋もれた蜜柑だろうか。そうすると、ほぼ同じ大きさで、ほぼ同じ色の中で同化しているという、それらしさの中で没個性化していることが人間存在のありように近づくとでも言えばそれらしい読みになるだろうか。
蜜柑にうずもれている蜜柑は潰れやすいから、そういうところから黴てくる。そういえばかつて、「腐った蜜柑の方程式」なる嫌な言葉を広めたドラマが存在したが、隣がダメになったからといって蜜柑はそんなに簡単には腐らない。あれは小賢しい大人が頭の中で考えたつまらない喩えにすぎないのではないか。もしかすると、掲句は、そういう世間の思うみかんらしさを悪用(褒めてます)しているのかもしれない。
(橋本直)
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。