みちのくに生まれて老いて萩を愛づ
佐藤鬼房
(『幻夢』2004年)
渡辺誠一郎さんから『佐藤鬼房の百句』(ふらんす堂)をいただいて読んでいた時に、この句にあたっておや、と思ったのは、自分が詠んだ句に「悪党に生まれて死んで雛あそび」というのがあって、構造的にちょっと似ていたので。自分は中世の悪党からイメージして詠んだものだったのだけれど、人によっては鬼房の句を意識したものとして読まれちゃいそうである。しかし、自分の句などあげるまでもなく、「生まれて」「死んで」「老いて」などは言ってみれば生の時間にまつわるストックフレーズの範疇にあり、たとえば永田耕衣「白き蛾の老いて生れて天の川」などを見ても、勝負所は白い蛾と天の川という不可思議な取り合わせにあるのだろう。それを鬼房の句で言うなら「みちのく」と「萩」。みちのくは広いが、みちのくの宮城野は歌枕かつ萩を詠み込むのがお約束であったから、耕衣の句とは真逆で、非常に歴史的連想性の高い、いわば風流に「ベタ」な句であると理解できてしまう。そのような文脈で考えると、掲句はおそろしくベタな要素を並べて一句が成立しているようにも見えてくる。が、ここでその文脈を反転させるポイントになるのが、中間の接続助詞の「て」の微妙な切れの仕事なのではないか。〈みちのくに生まれて老いて/萩を愛づ〉ではなく、〈みちのくに生まれて/老いて萩を愛づ〉。このスラッシュの位置には時空の屈折があり、少年期から壮年期という長い時間が跳んでいるのである。言い換えれば、この句の主人公は、老いるまでは萩を愛でる趣味など眼中にはなかった、ということとなるのであり、ずっとみちのくに居て風流趣味に生きた人、と読んではいけない。
(橋本直)
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。