死はいやぞ其きさらぎの二日灸
正岡子規
下五が春の季語。この「二日」とは陰暦二月二日のことで、新暦だと今年は三月四日。もうすぐである。なんでも、この日に灸をすえると効能が倍になるんだとか(陰暦八月二日にも同様の俗信があり、こちらは「後の二日灸」と呼ばれる)。「二」という数字の重なることからも分かるように元は節日の風習で、農事を休んで心身の調子を整える日と定めたものだろう。
中七「其のきさらぎの」は、季語というよりも、この句が山家集の〈ねがはくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ 西行〉を本歌とすることを示す役回りで、上五「死はいやぞ」に続けることで“西行は桜の美しい如月に死にたいものだと詠んだけれど、自分は死ぬのが嫌なので、同じ如月でも寿命が延びるという二日灸の方にしておくよ”というパロディに仕立て直しているのである。
つまり、西行の「春死なむ」に対する応答としての「死はいやぞ」であるのだが、ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが届く中でこれを読むと背筋に冷たいものが走るのを感じずにはいられない。七十七年前にソ連からの宣戦布告を受けたことのある国の国民として、今日の状況で「死はいやぞ」はまったく洒落にならないからである。あるいは、当時(この句は明治二十五年作)すでに死病に憑りつかれていた子規自身もそんな洒落にならなさを自覚していたのかも知れない。悪い冗談である。
子規は明治二十六年にも〈婆々様の顔をしぞ思ふ二日灸〉と詠んでいて、この「婆々様」は曾祖父の後添いとして正岡家に身を寄せていた小島久だと思われる。久は子規をことさらかわいがって育てたというから、子規の幼時の記憶のなかで「婆々様」と「二日灸」は分かちがたく結びついていたのだろう。
ちなみに、この久婆さんの火の不始末によって正岡家は全焼したことがあるのだとか(※お灸の火ではなかったらしい)。二日灸を試してみようという方は、くれぐれも火気の取り扱いにご注意くださいますよう。
(松尾清隆)
【執筆者プロフィール】
松尾清隆(まつお・きよたか)
昭和52年、神奈川県平塚市生まれ。「松の花」同人。元編集者。「セクト・ポクリット」管理
人・堀切克洋が俳句をはじめる前からの〝フットサル仲間〟でもある。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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