纐纈の大座布団や春の宵
真下喜太郎
東京も(どうやらカリフォルニアも)夏のような数日が続いて、並木の銀杏の葉が美しい。これで、ビールが…とか言っていると、一転、本日金曜からはまた十度ほど気温が下がるとかで、お疲れ気味。三寒四温の度を越えたこの乱高下はなかなか堪えるわけでして。これが、涼しくなったと思ったらまた暑さに後戻りっていうのには、比較的寛容なんですけれど。
まあ、いい。そういえば、まだ春の宵のたゆたゆしたところを味わい切っていなかったし、もう一度、夏に向かっていく上り坂を行くのもいい。
纐纈の大座布団や春の宵
纐纈は絞染のこと。古くからある染の手法だという。板締という夾纈や、蝋を染ませておいて染める蝋纈に比べると、手近な方法だ。
その纐纈の布による大座布団。色柄はもちろん、絞りによる凹凸が、その表面には浮き出ている。そこに差し掛かる春の宵は、だんだんと色を落としてゆく。
「や」と余韻を持って表された座布団の上には、もう人は座っていないように思える。さっきまでいた来客か家族かは、すでに席を立って、その賑わいの名残があるのみだ。
作者・真下喜太郎は、虚子の長女・真砂子と結婚し、虚子にとっては娘婿。俳句の他に、短歌を与謝野鉄幹・晶子に学び、新詩社同人として『明星』に作品を発表した。短歌と俳句を共に作る人は現代でもたくさんいるのだけれど、なんというか、偏見を怖れつつ言えば、喜太郎のこの句はそういう人らしからぬ静かさがある。
季節の戻りはこれで最後になりますように、連休まであと半月。
『ホトトギス同人句集』(1938年)
(阪西敦子)
【阪西敦子のバックナンバー】
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>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず 後藤比奈夫
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>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居
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>>〔35〕麦打の埃の中の花葵 本田あふひ
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>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚
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>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー 千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月 松藤夏山
【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】