田に人のゐるやすらぎに春の雲
宇佐美魚目
(「天地存問」)
幼いころに住んでいた家の前には、小さな田んぼがあった。それは町の中にある本当に小さな田んぼ。今思い返せば、あんな広さで、いかほどの米がとれたのだろうか。だが、その田んぼのおかげでおたまじゃくしを掬い、蛙を捕まえ、蓮華草を摘み、時には田水が張られたばかりの中で、泥遊びをした。ただ掲句のようにこの田を耕している人の姿は記憶の中にはない。遊ぶことに夢中で、意識をしていなかったのだろう。
その後、つくばに転居して、広い田を耕している人を遠くから見るようになり、はじめて身近な田に人がいるということを認識するようになった。春先にトラクターが入り、どんどんと田植えの準備が進む。毎年変わることなく続けられる作業は、やがて自分の中で見慣れた景色となった。
冬の誰もいない寂しい田から、春先に人がいる田の景色へと変わると、その見慣れた景が変わらないことに、安堵するような気持ちになる。掲句はそんな人のいる田の景を「やすらぎに」と表現した。そしてそのやすらぎの上に広がる淡い春の雲もまた、長い冬から解放された我々にやすらぎを与えてくれる。これから、この耕された田に水が入り、やがて苗が植えられ、一面が青々となり、風に靡くようになってゆく。その青さもまた、我々の目を休める景として楽しみである。
(大西朋)
【執筆者プロフィール】
大西朋(おおにし・とも)
1972年大阪府生まれ。つくば市在住。2005年朝日カルチャーセンター名古屋教室にて、宇佐美魚目に師事。2006年「晨」入会。2010年「鷹」入会、小川軽舟に師事。2016年、第4回星野立子新人賞受賞。2017年、第一句集『片白草』上梓。2018年同句集で第41回俳人協会新人賞受賞。東京四季出版「俳句四季」にて「俳句へのまなざし」を連載中。「鷹」同人、「晨」同人、俳人協会幹事。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷
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>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は 中原道夫
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>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ 田口武
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】