ハイクノミカタ

うららかさどこか突抜け年の暮 細見綾子【季語=年の暮(冬)】


うららかさどこか突抜け年の暮

細見綾子


十二月も中旬。もう十分に年の暮だ。だるまさんがころんだ、と言いざま振り向いた時のように年の瀬がひたひたと迫っている。そろそろ新年を迎えるための準備を始めたいところだ。断捨離やおせちの手筈、社会生活上の諸手続きに加えて俳句のあれやこれやと、やることは山積みで気ばかりは焦るのだけれど、当方尻の重さにかけては筋金入りである。心はアクセルをかけるのに、体はブレーキを踏みっぱなしというアンバランス。ま、いいか。取り敢えず今日は青空。こんな調子で長らく年を越している。

 うららかさどこか突抜け年の暮

『技藝天』(1976年)からの一句。

細見綾子と言えば「ふだん着でふだんの心桃の花」、「くれなゐの色を見てゐる寒さかな」、「鶏頭を三尺離れもの思ふ」、「女身仏に春剝落のつづきをり」等々代表作を数え上げればきりがない。原則的に取り繕わず、構成に頭を使わないことを自分の作句方法としていたようだが、掲句まで行くとどこかシュールさすら感じる。「うららか」という感覚を装飾する「どこか」も「突抜け」も具体性に欠ける。けれど、それだけに直観がそのまま詩になったような生々しさがある。「突抜け」は枯枝が突き刺す青空の深さを捉えているし、年末の忙しさにふと現れた真空のポケットのようでもある。綾子はこの句の後に「年の瀬のうららかなれば何もせず」を発表している。発想の土台が一つならば、掲句も慌ただしさから逃れたひとときを楽しむ様子と考えてよいのだろう。両者を比べれば「何もせず」の句の方が調べも穏やかで読者の共感を呼ぶに違いない。しかし、他者の存在を気にせず、その時の自分だけの感覚を表した掲句の方が私は好きだ。「うららかさ」という上五の置き方も斬新だ。「短日の昼になりけるやはらかみ」の「やはらかみ」も同様に、当時このような使い方が一般的だったのか分からないが、今の目で見ると個性的で自分でも挑戦したくなる。

もっとも、この句に並び置かれた「昼は晴れ夜は月が出て年の暮」にはいささか鼻白むのだが。

『現代俳句全集 四』立風書房より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子
>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
>>〔44〕金閣をにらむ裸の翁かな      大木あまり
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平
>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
>>〔39〕せんそうのもうもどれない蟬の穴   豊里友行
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>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
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>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
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>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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