秋の蚊の志なく飛びゆけり
中西亮太
玄関先で少しの間作業していたら、3人中3人が複数の箇所を蚊にさされた。蚊は夏に出るものだが、気温が35度を越えると活動が鈍くなる。一番活発なのは20~30度くらいなのだが、最近では20度ではもうすっかり秋という感じがする。昔は30度を超えただけで暑くてたまらなかったが、今は30度と聞くと「涼しい!」と感じてしまうくらい感覚が麻痺している。蚊を秋の季語にした方が良いと言い出す人がそのうち現れるかもしれない。賛成しないけど。
蚊をめぐっては備忘的に一通り書いておきたい。以下はAIによる概要。
・刺される
全国的に最も多く使われており、事実上の標準語となっている。特に太平洋側の地域、関東・中部・関西での支持が目立つ。
・食われる
東北地方や東日本を中心として全国に広まっており、東北~北陸の各県、そして九州の一部で「食われる」派が多い。
・かまれる
西日本で浸透しており、京都・奈良・和歌山以西で「かまれる」が多く、福井・滋賀・三重以東で「くわれる」が多いという境界がある。
なんとなくの実感には合っている。関東出身の私は「刺される」「食われる」を使っていた。関西出身の人が「かまれる」と言っているのを初めて聞いた時、「カニカマ?」とまず思った。
「カニに刺された」と言ってしまう子を愛おしく思う。
秋の蚊の志なく飛びゆけり
全盛期の蚊が獲物に向かってまっしぐらに飛ぶ、あるいは全速力で逃げていくのに対し、秋の蚊はよろよろと飛ぶ。血を吸うつもりはあるのか?これで逃げられると思っているのか?作者はそれを「志なく」と読み取った。蚊の内面に迫っているというよりは自身の内面を蚊の飛びように重ねたのだろう。
志もなさそうによろよろと飛んでいく蚊。それを目で追っていても、打とうという気がもはや起こらない。自分にも気力がなくなっているのだ。気力なく飛ぶ姿を見ていると、もしかして自分もこんな姿なのかもしれない、ということに行き当たる。やはり背筋を伸ばさねば。
勢いよく飛ぶ蚊に志があるのだとすると、生きる本能そのものが志なのかもしれない。
『木賊抄』(2023年刊)所収。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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