ハイクノミカタ

八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥 前登志夫【季語=夏山(夏)】


八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥

前登志夫


素でえぐい、と言いたくなる歌だ。
激烈なパワープレー。語の重さを突き抜ける勢いがある。

「八月の灼ける巌」は、ともすれば象徴的にも読まれ得るだろうが、物としての絶大な存在感も十分に発揮していると思う。激しく降り注ぐ日差しの中で灼けつのる”物質のそのもの”のような巌が、「絶倫といふ明るき寂寥」の感慨を空転させない。

人によっては、「かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり」の方を愛誦するのだろうか。しかし、この歌の、ハレーションを超え、眩惑さえさせるような巌の明るさ・熱量は素でえぐい。

安里琉太



『魚目句集』(2013)はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり     宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売  後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし   山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり  後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. ストーブに貌が崩れていくやうな 岩淵喜代子【季語=ストーブ(冬)…
  2. Tシャツの干し方愛の終わらせ方 神野紗希【季語=Tシャツ(夏)】…
  3. 田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目【季語=春の雲(春)】
  4. 蓮根や泪を横にこぼしあひ 飯島晴子【季語=蓮根(冬)】
  5. 三椏の花三三が九三三が九 稲畑汀子【季語=三椏の花(春)】
  6. 年を以て巨人としたり歩み去る 高浜虚子【季語=行年(冬)】
  7. 蓮ほどの枯れぶりなくて男われ 能村登四郎【季語=枯蓮(冬)】
  8. 海くれて鴨のこゑほのかに白し 芭蕉【季語=鴨(冬)】

おすすめ記事

  1. 妻の遺品ならざるはなし春星も 右城暮石【季語=春星(春)】
  2. 謝肉祭の仮面の奥にひすいの眼 石原八束【季語=謝肉祭(春)】
  3. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第8回】印南野と永田耕衣
  4. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第9回】
  5. 行秋や音たてて雨見えて雨 成瀬正俊【季語=行秋(秋)】
  6. 【春の季語】雛飾(雛飾り)
  7. 【秋の季語】吾亦紅
  8. 蛤の吐いたやうなる港かな 正岡子規【季語=蛤(春)】
  9. 春一番競馬新聞空を行く 水原春郎【季語=春一番(春)】
  10. 野の落暉八方へ裂け 戰爭か 楠本憲吉

Pickup記事

  1. 【夏の季語】夏木立
  2. 後輩のデートに出会ふ四月馬鹿 杉原祐之【季語=四月馬鹿(春)】
  3. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第40回】 青山と中村草田男
  4. 祭笛吹くとき男佳かりける 橋本多佳子【季語=祭笛(夏)】
  5. さまざまの事おもひ出す桜かな 松尾芭蕉【季語=桜(春)】
  6. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年4月分】
  7. 鶯や製茶会社のホツチキス 渡邊白泉【季語=鶯(春)】
  8. 海に出て綿菓子買えるところなし 大高翔
  9. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第49回】 小田原と藤田湘子
  10. 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規【季語=柿(秋)】
PAGE TOP