紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子【季語=紫陽花(夏)】


紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る)

津田清子

福山雅治は作詞する際「愛してる」という言葉を使わないという。相手への好きだという気持ちを表現するのにフィットしないと語っていた。ラブソングの作詞はいかに「好き」や「愛してる」という言葉を使わずにその気持ちを伝えられるかにクリエイティビティが宿るのだろう。

これはもう筆者には俳句の話をしているようにしか聞こえない。いかに「暑い」と言わずに暑さを感じさせるか。そこに詠む喜びも読む喜びもある。

 しかし「愛してる」「暑い」といった言葉も愛しさ、暑さを伝えるためでなければ意味的な暑苦しさを感じることはない。「美しい」もその範疇だ。美しいと言ってしまってはクリエイティビティの入る余地がない。今日の一句は「美しきもの」とうまく回避しつつ字余りやリフレインで高まる感情を表現している。

紫陽花剪るなほ()しきものあらば剪る

 「美しき」は「はしき」と読む。詩歌にのみ用いられる特殊な用法であるため国語辞典には見当たらない。紫陽花を剪るのは部屋に生けるためかもしれないし来年よい花をつけるための剪定かもしれない。どちらでも鑑賞は成立するが、美しさへの強い執心は前者とした方が腑に落ちる。

 大事な来客を迎えるため、部屋に生けるべき紫陽花の一朶を選んでいる。今最も美しく咲いているのはこれだと剪る。そしてもっと美しく咲いているものを見逃していないかと目を凝らしている。もし見つけたらそれも剪って生けるために。

 だが、「なほ美しきもの」つまりもっと美しく咲いているものはそこにはない。古文では未然形+「ば」は「もし~ならば」という仮定を表すので現状はそうではないのである。「なほ美しきものあらば(=もしもあったら)剪る(今はまだ見つかっていない)」ということになる。これが「あれば」と已然形+「ば」であれば「~したところ」「~ので」「~すると必ず」という意味になる。美しいものがあったので剪るということになる。

「もしもピアノが弾けたなら」(西田敏行)はピアノが弾けないから歌になるのだ。これは未然形+「ば」に相当する。已然形+「ば」なら「僕はピアノが弾けるから」とでもするべきか。

「紫陽花剪る」の字余りは溢れる思い。中七以下は定型通りだが上五の字余りの余韻でどことなく落ち着かないところがある上に、「剪る」の畳みかけが不穏である。美しさへの執念なのか、もうすぐ来る客人への思い入れなのか。この感情の高まりは「好きな人が来る」「紫陽花が美しい」では表現できないものなのである。

 『礼拝』(1959年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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