雛まつり杉の迅さのくらやみ川 飯島晴子【季語=雛祭(春)】


雛まつり杉の迅さのくらやみ川)

飯島晴子

「杉の迅さ」をどうとるか。まずは林をなす数多の杉を過ぎてゆく迅さ。川の上をゆくもの(それは例えば流し雛でも良い)を想定し、その視点から、次々に杉が現れては去ってゆく映像が思われる。迅いのは川の方なのであるが、あたかも杉が迅さのもととなるエネルギーを持ち、それが川や川の上をゆくものに吹き込まれているようだ。そして、無数の杉が雛人形のようにも見えてくる。それらはしんと立っていて厳かな雰囲気を持ち、雛まつりというものの祝祭性が強調される。雛をイメージするあたりで、今度は杉のもつ垂直方向のエネルギーに関心が移る。杉を下から上まで眺める時のその視線の移動の迅さ、これもまた「杉の迅さ」ではないだろうか。杉の肌の流れは、やがて川の面にも重なりはじめる。

「くらやみ川」という呼び方からは、川がこの地域の住民のうちではそう呼ばれているという感じがする。より一層、土着の雛まつりの風習を思わせるのである。

掲句所収の『蕨手』は、とにかく谷や死という言葉が頻出し、山奥の薄闇を懸命に進んでゆく感じのする句集であり、掲句はその世界のど真ん中にある。晴子本人も「私は頂上よりも谷あい、高原より平地、落葉松や白樺やよりも松や杉の側にいる」と書いているが、晴子の句業の中ではこの句集が最も山奥に位置していると思う。次の句集『朱田』は題名の通りに少し視界が開けてくるが、その中に出てくる〈雛の日の川波のたつ仔細かな〉などはどう考えても山の奥とは思われない。

さらに『春の蔵』『八頭』と進むにつれて、山奥の句もいくらかとどめつつも、平地の割合がどんどん増えてゆく。舞台の範囲が拡大してゆくのである。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
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>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
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>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


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>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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