服脱ぎてサンタクロースになるところ 堀切克洋【季語=サンタクロース(冬)】


服脱ぎてサンタクロースになるところ

堀切克洋
(『尺蠖の道』)

 サンタクロースが存在しないことを知ったのは、8歳の時。父の職場の同僚がクリスチャンで教会のクリスマスパーティーに呼ばれた。聖夜劇も讃美歌も子供の私には限りなく美しいものに映った。教会の出口で貰った絵本は「サンタクロースは本当にいるのでしょうか」というタイトル。家に帰って何度も読み返した。「サンタクロースはあなたの心の中にいるのです」と書かれていたのを記憶している。それは、とても衝撃的な結論であった。

 そんな私に希望を与えてくれた歌が松任谷由実の「恋人がサンタクロース」である。高校受験を控えた12月の土曜日の午後、友人たちと参考書を買いに出かけた街角で流れていた。私が「そうか、サンタクロースは恋人なのよ」と大声を上げると友人たちは「この歌知らなかったの?いまさら、何を言っているのやら」と大笑いされた。バブル期も終わりに近付いた頃の12月の街角は、サンタクロースで溢れていた。

 大学時代、クリスマス時期限定のケーキ販売のアルバイトが流行った。寒風が吹きすさぶ街角でサンタクロースらしき格好をしてケーキを売る仕事である。日給で1万円ほど貰えたと思う。22日から26日まで働けば、年末にスキーが楽しめるぐらいは稼ぐことができた。アルバイト仲間の男女は、当然ながら恋人がいないので、売場は合コン状態。不思議とサンタクロースらしき格好をすると男性も女性も数割増しで素敵に見えてしまう。客足が少ない時間帯は雑談をして、忙しい時はお互いをフォローし合う。監視役の社員に怒られたり褒められたりする時も一緒。アルバイト仲間は、その後も交流を持ち忘年会もするし、初詣もする。沢山の恋人達が生まれるが、期間限定のアルバイトから始まった恋は、やはり期間限定。長続きはしない。でも、寒い街角で白い息を交わしながら笑い合ったときめきは忘れがたいクリスマスの想い出となる。

 今でも、商店街でサンタクロースらしき格好をしてケーキやローストチキンを売る若き男女を見ると、変な妄想が湧いてくる。きっと、あの男性は閉店間際に売れ残ったケーキやローストチキンを買取り、アルバイト仲間の女性に言うのだろう。「これから、二人だけでクリスマスパーティーをしないかい」なんてね。

  服脱ぎてサンタクロースになるところ  堀切克洋

 クリスマスイブの夜にサンタクロースらしき格好をして働くのは、正直淋しい。私が描く理想のクリスマスイブの過ごし方は、大好きな人とディナーを楽しみプレゼントを交換し、ワインを飲みながらケーキを食べる。そして聖樹の灯が点滅する部屋で愛し合い、永遠を誓う。

 そんな、夢見る乙女である私のサンタクロースになってくれた人は、夫しかいなかった。恋多き私なのだが、30歳を過ぎるまでクリスマスイブに逢ってくれた恋人がいなかった。それは、私がちょっとひねくれた男性しか好きにならなかったからである。「伴天連の祭の日に日本人の世俗の作り上げた変な常識に縛られて、経済に貢献する必要は無い」という考え方を持った男性。私の自己責任でしかない。クリスマスは稼ぎ時、働いて稼いでなんぼのもんじゃい、と強がってみたこともある。

 24歳のクリスマスイブのことであった。大学院生の私は、図書館の書庫に籠もって研究書を漁っていた。なぜなら、数回デートを重ねた男性に「クリスマスイブの夜は一緒に過ごしませんか?」と誘ったら「僕の恋人ではない君と一緒に過ごす筋合は無い」と言われてしまったからだ。夜の8時、実家の姉から「何してるの?村では、みんなサンタクロースの格好をして、私の焼いたローストチキンとケーキを食べています」というメールがあった。「修士論文を書くため、書庫にいます」と返信したら「淋しい奴」との返事。急にどうしようもない孤独に襲われた。クリスマスの雰囲気を味わいたくて街をさ迷っていたら、意中の男性と遭遇した。花屋の前でシクラメンの花を眺めていた時である。男性は三千円のシクラメンの鉢を買ってくれた。その後も無言で歩いていたら不二家の三千円のケーキを買ってくれた。でも「恋人ではない」と言われてしまった以上、一緒にいることはできない。お礼を告げて駅前で別れた。その数日後、告白されたが気持ちは冷めていた。男性の言い訳は「恋人になって下さい」という私の言葉を待っていたとか。男心が分からなかった純情な私のほろ苦い体験である。

 当該句は、クリスマスイブの夜に人の幸せに貢献するためサンタクロースの格好をしようとしているのだろう。ある特定の女性のためにサンタクロースになっているわけではない。だが、作者は伊藤伊那男氏の弟子である。おどけたような句も詠むが真実はどうだったのであろう。妄想女子としては、服を脱いで、真っ裸になった自分こそが貴女のサンタクロースなのだと思いたいところである。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


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>〔39〕椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ 池田澄子
>〔38〕沈丁や夜でなければ逢へぬひと  五所平之助
>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
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>〔31〕あひみての後を逆さのかいつぶり  柿本多映
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>〔29〕どこからが恋どこまでが冬の空   黛まどか
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>〔27〕ひめはじめ昔男に腰の物      加藤郁乎
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>〔21〕松七十や釣瓶落しの離婚沙汰   文挾夫佐恵

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