逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀【季語=桐の花(夏)】


逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花)

中西夕紀

 人は生まれる前に人生のシナリオを自分で書いてくる、という話を聞いたことがある。事実かどうかは確かめようもないしどちらでも良いのだが、どんな目にあっても自分で書いたことだからと思えばあきらめもつく。ある時期この話が妙に救いになったことがある。「前半生追い込みすぎでしょ自分…」と苦笑したものだ。

 人生百年時代の後半生に突入してから数年。そのシナリオにこの出会いも書いてあるに違いない、と思うことが複数あった。その人の作品と名前だけを知っていてどんな方なんだろうとずっと気になっていた人。会った時のことを想定して「これを言おう」と中学生の時から準備していた人。私の人生きっとこういう出会いがあるはずと思っていた通りの人。前半生では苦しい出会いもあったが、それらは何かしら良い方向に転じるきっかけを与えてくれている。

 それは〽あの日あの時あの場所で君に会えなかったら(「ラブ・ストーリーは突然に」小田和正)のような瞬間的なものではなく、大いなる力で長い時間をかけて準備されてきたような出会いだった。それがきっかけでさらに何かが、ということはあったりなかったりだがそれは関係ない。縁があっただけで喜びなのだから。

 前半は多難、後半で巻き返す人生。それは幼少の頃から予感していた。その予感は今のところ的中しているが、シナリオはもっと早く書き変える術があったと今になって思う。とはいえ生きているうちにそれに気付いただけ良しとしたい。笑い話にできるから。

  逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花

 コロナ禍前に詠まれた句であるが、あの3年半(もうすぐ過去形になるはず…)を思い起こさずにはいられない。掲句では、ある相手ともともと逢える距離にいたのになかなかその機会を得られないうちに逢えなくなってしまった、その遠さを桐の花を仰ぐ心情に託している。

 「会う」は人と対面する時全般を指すが「逢う」は一対一の対面をさし、何かの会合に偶然同席していただけなら選ぶべき字が異なる。一対一で逢うという前提に作者と相手との緊張感を伴う親密さが表れている。相手が偉業をなしとげて手の届かない存在になってしまったのだろうか。初夏の花が季語なのだから不幸な理由とは思われない。

 桐の木は背が高いのに加えて花はその上方に咲くのでしっかり見上げないと見ることができない。はるか上方を仰ぐ行為に逢えなくなったその相手との距離感を思ったのだろう。あるいは遠くから眺めているのかもしれない。

 今は逢えなくてもむしろその時間が好転のきっかけとなるシナリオであることを願う。

『くれなゐ』(2020年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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