大寒の一戸もかくれなき故郷
飯田龍太
(『童眸』)
大寒といえば、まず俳句ではこの句がうかぶ。第二句集『童眸』の冒頭に置かれ、飯田龍太の代表句の一つとされているらしい。しかし、なんでこの句がそんなにいいのだろう。たぶん一つのポイントは、作者に飯田龍太とクレジットされなければ問題句になってしまいそうな、「一戸もかくれなき」という表現にあるのだろう。まず表現としては見得を切ったかのようなきっぱりとした言い回しであり、そして物質的には故郷の集落がすべて視野の中におさまる、ということを言っていて、精神的にはプライバシーの欠片もない開けっぴろげで、それゆえに「個」を維持するには重苦しい田舎暮らしの実態を述べているようにも見える。しかし、そんな場は日本のあちらこちらにある(あった)のではないだろうか。それをなんでわざわざきっぱり「かくれなき」と言挙げせねばならないのだろう。この句の共感を呼ぶポイントはいったいどういうところから出来するのだろう。どうも、そのあたりに、日本的「故郷」ならではの、さまざまな隠れた面が蠢く場であることまでも内容の射程におさめつつ、それ以前とは変化してゆく当時の社会情勢の中においては遠くない未来にそのような「故郷」的なものが滅びゆくものかもしれないということを予感させつつ、所詮は完結されえないイメージの中のできごとであることまでおぼろげながら立ち現れているようにみえ、その意味では、差延的な様相を帯びた句ではないかと思うのだけれども、深読みにすぎるだろうか。
(橋本直)
【橋本直のバックナンバー】
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。
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