澤龜の萬歳見せう御國ぶり 正岡子規【季語=萬歳(新年)】


澤龜の萬歳見せう御國ぶり

正岡子規
(『季語別 子規俳句集』)


近世の正月の芸能の一つであった万歳は、現在の漫才の祖型になるのだという。そうは言われても、正直なところ万歳がどういうものなのか、よくわからない。ひとまず『角川俳句大歳時記』の解説冒頭には、「万歳太夫が連れの才蔵と家々をめぐって新春を寿ぐ正月の門付け」という端的な説明がある。解説や考証が詳細なのだが、角川『図説大歳時記』のほうがさらに細かく、解説・考証・例句に四ページを割き、図像を15枚も付してある。それらの図像にもほぼ共通するが、この芸は二人組を基本形とし、主役が万歳太夫で、連れの才蔵が鼓を打って囃したり戯けたりする役割を担ったようだ。太夫が新年を言祝ぐ文言を述べるのが基本であるが、合間に笑いを誘う掛け合いもしたようである。もともと門付けの芸能だったものが、近代に入って舞台上の芸になり、やがて掛け合いの部分に特化した漫才が派生したもののようだ。古くは「千秋万歳(せんずまんざい)」といい、平安末に起こり、中世には唱門師の芸能の一つとなり各地に伝播し、今日万歳として伝えられる各地の伝統芸能の源流になったようであるので、この芸の来歴は長い。確認した範囲で、伊予、尾張、知多、三河、加賀、会津、秋田の万歳はYouTubeで動画を見ることが出来る(注)。

愛媛には伊予万歳という伝統芸能があって、すっかり忘れていたのだけれど、YouTubeを見て昔見たことがあったのを思い出した。映像で見ると、今の伊予万歳は複数の踊り手が扇子を多用する芸で、他の万歳とはかなり趣を異にする。さてそこで掲句のことである。明治29年1月、子規は久松家が芝の料亭紅葉館で開いた日清戦争凱旋の祝宴に出席したが、この時愛媛から招かれた澤田亀吉という伊予万歳の伝承者の披露した芸を見てこの句を詠んでいる。この頃伊予万歳は既に衰退していたが、わずかにこの亀吉が伝えていたものがこの宴席での披露をきっかけに「再発見」されたようである。おそらく子規もそれまで伊予万歳を知らなかったのではないだろうか。だからこの句は、「伊予のお国ぶりとしてこの亀吉の伊予万歳を見せましょう」という、久松家の宴席における挨拶ということになろう。したがって、その座のことがわからなければ、「澤龜の萬歳」は沢にいる亀を題とした万歳の演目だろうかなどと、初読ではなんのことやらわからないのではないだろうか。現在の伊予万歳が亀吉が久松公の前で披露した伊予万歳と同じ系譜なのか違うものなのかもよくわからないのだけれども、子規のこの句のおかげで、少し伊予万歳の歴史を知ることが出来た。 

注:一例として見やすい動画を紹介しておく。

市無形民俗文化財「加賀万歳」

橋本直


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>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
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>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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