死因の一位が老衰になる夕暮れにイチローが打つきれいな当たり
斉藤斎藤
国語の教員をしているので、受験生に小論文の指導をすることがある。出題のパターンはざっくり三つある。テーマが端的に四、五行くらいで提示されているもの、本や新聞などから引用された文章を踏まえてテーマに答えるもの、あとグラフ資料などを踏まえてテーマに答えるもの。看護・保健学科系の小論文では三つめのパターンによく遭遇し、その中でも日本の死因の変遷が示されたグラフ(https://honkawa2.sakura.ne.jp/2080.html)に絡めた問題は割にベターだ。今日、たとえば戦前に主な死因として深刻だった感染症(たとえば肺炎や胃腸炎など)などは減少し、悪性新生物(癌など)や心疾患、脳血管疾患などの生活習慣病が死因の主だったものになっている。医療の発達を含めた様々な要因から高齢化が進んでおり、持病と長く付き合っていかなければならない人が増えた。そのような時代にあっては、キュアからケアへ、つまり病の根治のみに考えを絞る医療ではなく、悩む患者に対して全人的なアプローチをする医療のあり方に変容していかなければ、というのが大枠の考え方だ。年齢別の死因や地域別の人口推移のグラフや表など、複数の資料を併読させて日本社会の将来像を予測させるような問題もあるが、その場合も「持病と長く付き合っていく患者が増加する高齢化社会」という観点が示されていることが多い。担い手の確保が難しい過疎地域の医療、行政の保健指導や健康管理によってPPK(ピンピンコロリ)を達成させる地域包括ケアなど。無論、これらは財政や経済とも関連する事項だ。言うまでもなく、ここで自己責任論を捏ねたり姥捨山的発想を名案風に主張してもあんまり受かりそうにない。道徳的でない主張だから優遇されないということよりも、論に提示する観点が単一的になって説得力がひどく欠けたり、資料から読み取ることのできる客観的なデータが結論づけの段階で根拠が曖昧な恣意的な主張を介在してぐずぐずになってしまったり、つまりは論が非常に脆弱になりやすいからである。人文学系の学部では、自己責任論自体が内包している論理の破綻や倒錯性を問題に取り上げて出題しているところもある。
そもそも自己責任論を振りかざして看護・保健学科系に進もうとする生徒はあんまり見たことがないかもね、とか。なにはともあれ、医療のパラダイムシフトが起こっている、もう何十年と言われ続けていることかもしれないけれど、とか。そんな感じで小論を解説しながら、倫理を履修した生徒の場合は、フーコーの「生ー権力」について触れてみたりもする。なるほどという反応もあれば、なんでそんな人の悪意を前提にしたようなひどい話をするのだみたいな顔をする生徒もいる。もしここで人の善意とか悪意とかの次元ではないということを話し始めたら、どんどん本筋じゃない話題で時間が延びるからあくまで軽く触れる程度である。この後、授業準備や部活、その他の校務分掌もあるので。そんなこんなで小論指導を終え、別の仕事に取り掛かりながらも、頭のどこかに「緩やかに衰退する日本」ということが引っかかっている。
さて、歌の話に入りたい。この歌の初出は、『風通し』創刊号(2008年11月)所載の連作「人体の不思議展(Ver.4.1)」である。無論、試みの強い連作の中に置かれた一首であるから、連作から離れた鑑賞は不完全なものになってしまうのだが、ただ、ここではひとまず一首として読みはじめたい。
満ち足りて飽和してしまった時代の感覚が思われる歌だ。夕暮れからは単純に懐かしさが喚起されもするが、ただ「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」というヘーゲルの言葉も想起される。イチローの打った球はぐーんと伸びてピークに向かっていく。「大きなあたり」ではなく、「きれいなあたり」という表現が球の軌道を実に美しく想像させる。そのうち軌道はピークアウトして結末を迎えるのだろうが、その結末が、球がピークに向かって伸びているこの段階では、ホームランなのかヒットなのか、はたまたアウトなのかは判別しがたい。球の軌道はピークアウトしてからでなければ、いまいち推し量りづらい。ぐーんと伸びていく球に伴って、それを見ている心待ちも、結末への期待とともに高まっていく。
このピークへと向かう上昇の軌道、あるいはその軌道の先に予見されるピークアウト後に下降する軌道は、この歌の様々なモチーフとも関連している。老衰という死の在りよう、あるいは老衰が死因として一位になる社会自体の在りよう、活発で忙しない昼と一日が収束に向かう夜という時間の間にある夕暮れ。歌の中の人物は、死因を統計的に把握する「日本」という巨視的な視点を意識しながら、イチローのきれいな当たりを仰いでいる、その心待ちの在りよう。また、この巨視的な視点は、世界における「日本」の活躍や進歩を喜ばしく思わせる感覚を醸成する土壌のようでもあり、一方で変に”リアリティー”を欠いた感じもする。夕方のニュース番組で「日本」が主語の情報を聞いているときの、どこか”リアリティー”を欠いた空虚な感じが思われる。
この歌は松井秀喜でも新庄剛志でも城島健司でもダメなのだろう。実際、2000年代のイチローの活躍は目覚ましかった。シアトル・マリナーズに移籍した2001年から首位打者・盗塁王・ゴールドグラブ賞・シルバースラッガー賞などを獲得し、驚異的な活躍を見せ、2004年には日米通算2000本安打を日本人選手史上最速(1465試合)・最年少(30歳7カ月)で達成。この歌が発表される2年前、2006年の第1回WBCでも優勝チームの一員として存在感を発揮していた。同時代にメジャーで活躍した他の選手とプレイスタイルという点で比べてみても、盗塁による活躍など、「日本」的な要素を背負った選手だったように思われる。この歌が「日本」の死因というほどの巨視的な視点にリンクするためには、そういうイチローの背負っている野球哲学や人生観、それを「日本」的だと意味付けたい欲望なども重要なのだろう。もし時代が違って、この歌が大谷の活躍する今日に書かれることが可能だったとしても、そういう点から、やはりイチローの歌なのだと思わされる。二刀流の大谷では華々しすぎて、この歌の斜陽感ともミスマッチである。
もちろん、この仮定自体ナンセンスではある。というのも、イチローがプロであった1991年から2019年までの期間で老衰が死因の一位になった年はなく、そのことを踏まえれば、この歌は過去に実際起こったことについて書かれた歌でないことは明白だ。これからの「日本」の未来を想望した歌、あるいは実際の統計的なデータ云々ではなく、その夕暮れの一時に偶発的に起こった老衰のピークを超越的な語り手が把握して述べたというふうな歌であり、そういうことにこの時代におけるイチローの活躍への期待は少なからず関連するからである。
この歌が実際にいつ書かれたのかは分からないけれど、2008年の後半には翌年のWBCに向けたイチローへの期待の高まりが始まっていたのではないかとも思う。実際、2009年のWBCでイチローは優勝に繋がる決定打を放っている(きれいな当たりでこそなかったが)。
同時代的なニュースでいえば、第一回のWBCと同年の2006年に京都大学の山中伸弥教授のグループがiPS細胞を発見している。岡井隆はそれを踏まえて、2019年の伊香保短歌大会の講演「新しい歌と古い歌」(http://greenflash.private.coocan.jp/tanka-page/souko/ngaku/okai_2009.pdf)にて、次のようにこの歌を鑑賞している。
今は死因の一位は老衰ではないでしょう。 脳血管障害とか心筋障害とか、多分癌だと思いますが。 「IPS細胞がこの一連をさつくり無意味にするのだろうか」と言っています。 万能細胞ですね、この間、京大で発見された。
あれがどんどんいけば、最終的に細胞が全部入れ替わっていって再生される形になるから、そうすると癌もなくなる、血管障害も心筋障害もなくなる。
そうすると本当に年老いて老衰という状態でしか死ななくなる。 何十年か、百年か、ずーと先にIPS細胞などの医療のお陰で死因の一位が老衰になる。その頃イチローさんは何歳ですかね。 野球選手の寿命もどんどん延びているということですから、四十代なんて普通になってくる。そうすると、IPS細胞のお陰で死因が老衰になった時に、イチローさんは六十歳くらいでまだ野球をやっているかもしれない。
「イチローが打つきれいな当たり」というのも、「死因の一位が老衰になる」というのも、夢物語みたいなものですが、 斉藤さんはこういうことをずーっと考え、普通ならエッセイなどで喋るべきことを、歌でいっている。 斉藤さんの考えですが、エッセイは長く書かなければいけないが、歌というのは一首で何か言えると。
さすがは医者でもある岡井の鑑賞で、納得させられる。そもそもイチローは巧者という感じで、あまりきれいなアーチをポカポカ連発するタイプではないし、こっちの読みの方が「きれいな当たり」にフィットした読みに思える。
この読みにおける歌の〈私〉について、詳しく歌人の鑑賞と評価を聞いてみたいという気持ちがある。
(安里琉太)
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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「滸」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】